灰霞みの記憶片
八咫空 朱穏
灰色に霞む空
日に日に暑さが増し、少しずつ夏の到来を感じる季節。新緑の木が茂り、春の名残ある風が木立を揺らしてゆく。
春風に髪を揺らしながら、緑のトンネルになっている石段を上って
円形空間の壁となる木々の隙間から陽光が
自由
できる……はずなのだが。
「おかしいな……」
今日は考える気力がなくならない。それに――晴れているはずなのに、空色の天井が少し
それでもそのまま霞んだ青空をぼんやり眺めていると、ふとある考えが浮かんでくる。
昔見た青空はこんな色をしていた。
俺はかつて、俺しか見えない空を見ていた。今見えている景色と逆の場所で、空を眺めていた。
○ ○
空色の天井を切り取る大樹、その大きな日傘は心地よい
そんな日差しを大樹の日傘で避けながら、幹に体を預けてぼんやりと空を眺める。
「やっぱり、今日も同じか……」
ある事件――魔法
その原因は薄々気付いていた。いや、気付かないようにしていた。時間の経過で忘れてしまうだろうとも思ったが、どうやらそういう訳にはいかないらしい。むしろ、時間を追うごとにその原因ははっきりとしていった。
――人と接触することがなくなった。
これが大元の原因なんだろうなというのは薄々気付いていた。元から人との接触は少ない方で単独で行動することが多かったが、ある事件を境に完全なる単独行動をすることとなった。
そして同じ時期から――空に霞がかかるようになったのだ。
「だからなんだ。ここじゃなんにも変わらねぇ……」
ラノール・サンに居る限り、俺は人と接触できない。俺が拒むのではない。村が俺を拒んでいるからだ。村の面々にとってはかなりの重大事件だったらしい。ともかく、そうなってしまった以上はこの村を去るしか方法がない。
「仕方ねぇ。旅に出るしかねぇか」
決意は大方固まっている。が、少しだけそれを
「……いや……」
「…………」
俺は独り言をやめて再び空を眺めることにした。
○ ○
「……い……」
遠くから
「……い、……ぶ……」
いや、これは人々の
「だいじょうぶ……?」
あぁ、呼ばれているのは俺か。……にしても、誰が呼んでるんだ? だが、この声には覚えが――。
「おい! 大丈夫か?」
ハッとして思考の
俺はどれだけの時間、空を眺めていたのだろうか?
「あぁ、大丈夫だ。ただ空を眺めてただけだぜ」
空を仰いで確認すると、灰色の霞は消えていた。
「それならよかった」
「稲斗は仕事中じゃないのかい?」
「仕事の方はもう終わってる。今は境内の見回りをしているんだ」
「ん? 俺、どれくらいそうなってたんだ?」
稲斗の言葉に違和感を覚える。
「最初はいつものかって思ったが、それが1、2時間は続いてたから心配になってな。それに――いつになく茫然としていたから心配だったんだよ」
そんな表情してたのかよ、俺。内心驚きつつも、平静を装って稲斗に言葉を返す。
「そうか、数時間くらいか。まあ、昔のこと思い出してただけだ。心配すんなよな」
稲斗の心配そうな表情が和らぎ、代わりに疑問の表情が現れる。
「そういやお前さん、仕事中に抜け出していいのかい?」
「それなら大丈夫さ、店番に任せてるから」
「お前さん、いっつもどっかに行ってて店に居ないそうじゃないか」
全くその通りだ。俺は気が向いたら外に繰り出して、店番を使い魔たちに任せる。その頻度は高くはないと思ってはいるんだが。
「今日は使い魔たちに任せているよ」
「きょうもだろ。まぁ、予想通りってとこだ。早めに帰ってやんな」
どう返そうかと考えていると、稲斗は更に言葉を続ける。
「そうは言っても、響かんだろう? 気儘に生きてるお前さんにとっては、気が向いたら店を任せて出かける。猫みたいに自由に過ごすのが、1番快適なんだろうからな?」
これもまた見透かされているようだ。もっとも、俺がわかりやすいだけなのだろうが。
「ま、たまにはしっかり店に立って仕事すればいいと思うぜ。村の皆に忘れられない程度にな」
冗談交じりにそう言ってくる。普段、この手の注意は気にも留めないのだが、今の俺の状態なら容易く言葉が引っかかる。
「そうだな、忘れられないようにしないと。んじゃ、店戻るわ」
軽く手を挙げて稲斗に別れの
『村の皆に忘れられないようにな』
真っすぐ店に帰ろうとしたが、それでは頭の整理がつかない。直感がそう判断を下したから、寄り道をして時間を
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