自転車勇者は帰りたい~召喚されたら、俺でなく自転車が最強になっていた件、しかし俺も得意の弓で脅威を倒し家族の元へ必ず帰る~

猫兎彩愛

第1話

「やばっ! 遅刻だーっ!」


 新聞配達が長引いて遅刻しそうな俺は、自転車で山道を急いで下る。


 このまま行けば間に合うっ!


 そう思いカーブに差し掛かった時、正面からトラックが! ヤバイっ! ぶつかるーっ!


 急ハンドルを切って、トラックを避けたものの、ガードレールを飛び越え、崖の下へ真っ逆さま。


 もう、ダメだ……。


 それなりに楽しい中学校生活だったのに……俺の今までの努力も……

 しかも、俺がいなくなったらどうなる? 妹は? 母は? 俺は母子家庭だ。


 ごめん、母さん。俺、多分助からないや……


 俺の人生……THE END……


 そう諦めかけた瞬間、声が聞こえた。


なり、諦めたら駄目」


 亡くなったばあちゃんの声が聞こえた気がした。不意にばあちゃんにもらった御守ペンダントりを握りしめた。


 ぎゅっと目をつむり、死を覚悟する。


 しかし次の瞬間、足が地に着いている感じがした。


「あれ? 俺、どうなったんだ?」


 足元を良く見ると、ゲームや漫画で見たことのある、魔方陣みたいなものが書かれていた。


 そこに、自転車に跨ったまま立っている。


 驚いて周りを見回すと、またアニメやゲームに出てきそうな魔法使いみたいなコスプレをした人が数名立っていた。


「おお! 無事召喚に成功しましたな! 何か不思議な乗り物にも乗っているが。しかし黒髪だな。もしかして魔族か?」


 ん? しょうかん? 魔法使いみたいな格好をしている人たちは、僕を見て何やら話している。


「あの、すいません。ここ、何処ですか?」


「おお、お話なされた。ここは【イーリス】という国でございます。救世主様?」


 は? きゅうせいしゅ……? 何言ってるんだこの人。


「いや、俺はただの中学生……学生で、これから学校に行く途中だったのですが……それと、あの……誰ですか?」


「学校! そうでしたか。魔法学校……これからアカデミーに? 学校に通われるということは、それなりの名家! いや、それか凄い魔力の持ち主? あなた様の属性は? どんな魔法をお使いに? 私共はこの国の魔導師です。優秀な方は大歓迎です!」


 ……いや、だから何言ってるんだよ。魔法学校? アカデミー? それに、名家なわけない。後、属性って何? 魔法なんて、そんなの……ゲームの世界じゃん。


 はぁ? って言いたいところだけど、母に言われた『言葉遣いは丁寧に』を守ろう。


「あの、何か勘違いをしてると思いますが、は、ただの平凡な14歳で、学校も魔法学校なんて知らないし、名家でもない。そもそも魔法は使えませんよ。もちろん、魔力なんてものもありまん」


 俺の回答が予想外だったのか、魔導師達はは顔を見合せている。


「魔力が無い?」


「はい」


「少しも?」


「はい」


 明らかに困った表情をしている魔導師達。そんな顔されても困るんだけど。


「そんなハズはないのだが。でないと、ココに来れるハズもない」


 そんな事言われても、魔法なんて俺の世界には無いし……


「あの、僕はどうしたら……役に立たないとどうなるのですか? それに、元の世界にも帰りたいのですが……」


 不安になってきた。要らないと思われたら捕らえられるのだろうか? それとも、こんな知らない世界で国外追放とか……漫画やゲームみたいなことしないでよ?


「ふむ……。まぁ、良い。こちらの都合で召喚したのだ。それなりの待遇はしよう。部屋も用意する。ただ、悪いが今は帰る方法は無い」


 とりあえず、追放はされないのか……良かった……


「今はって事は、帰る方法があるのですか?」


 帰る方法があるなら知りたいっ!


「それは……この世界の脅威きょうい、魔王デルモを倒さないと帰れない。今、この国も脅威にさらされていて、何とか聖女様の結界に護られている状態、外は魔物だらけだ」


 魔王を倒さないと帰れない……本当にゲームみたいな世界じゃないか。


「魔王を倒す、それ以外に方法は……」


「無い」


 ですよね。


 俺が頭を抱えて困っていると、魔導師の一人が俺をじっと見つめ、


「おい、召喚士! 今回は失敗の様だな? 魔力が無いと言っている、こいつのステータスを見てくれ」


「は、はい! すいません! 只今参ります!」


 この人が召喚士だろうか? 一人の女性が目の前に現れた。


「あの、ステータスを確認させてもらえますか? 後、お名前を……」


 この人は丁寧に言ってくれてるけど、魔導師の奴らはこいつ呼ばわり、敬語でもなくなった。まぁ、別に良いのだけど。だったら、俺も僕とか言わなくて良いよね?


「俺の名前は、夕詩矢ゆうしや なりです」


 名前を言うと、さっきの魔導師が何やら呟いている。


「ん? 今、何と? いや、今確かに。そうか。うん」


 ? 何を納得したんだ?


「あの……?」


「何と、でしたか。これはこれは失礼致しました。ご安心下さい、勇者様には魔力はあるはずです」


 今度は勇者と勘違いしてる? また、魔導師が丁寧語になってる。


「いや、俺は……俺の名前はなりだ! 勇者じゃない!」


「チッ。紛らわしい、召喚士、さっさとステータス確認しろ!」


「は、はいっ! 只今っ!」


 こいつ、舌打ちまで。勝手に勘違いしただけじゃないか。もう、勘弁してくれ。それに、召喚士は何も悪くないじゃないか。


「成様、ステータス確認させていただきますね」


 そう言うと、召喚士は俺の頭に手を翳した。


 この人はちゃんと名前、聞いてくれてるんだな。


「こ、これは……!」


 え? もしかして、俺、凄いの?


「もしかして、俺、思ったよりも強いとか?

 魔力なんかもあるのですか?」


 期待を込めて聞いた。すると、召喚士から意外な回答が……


「いや、あの……成様は、平凡……というか、確かに魔力はあります。けれど、MPは20です。鍛えたら何とかなると思いますが、それよりも成様の乗っている自転車? というものが凄いです」


 俺って魔法使えるんだっ!


「MPって事は、俺、魔力あったんだっ!」


 喜んだ俺に、何故か言いにくそうな召喚士。


「すいません、喜んでいるところ悪いのですが、成様のMPは召喚する時に付与されたポイントだと思われます。本来なら、召喚された方は100を越えるのですが……」


 ってことは、俺ってかなり弱いんだ。


「そうなんだ。けど、鍛えられるんだよね? そしたら強くなる?」


「鍛え方にもよりますが、ちゃんとした師を付ければ可能かと」


 ちゃんとした師、ね。そんなの、居るのか? 振り向き、そこにいる魔導師達を見てみるが、目が合うと皆が逸らす。こんな弱い奴に付きたくないってか。


「俺には教える価値も無いですか?」


「…………」


 魔導師達は無言だ。


 どうしたら良いんだよ……はぁ……


「あ、あの成様、私で良ければお手伝い致します! 私はあまり強くは無いですが、これでも召喚士! きっと、成様を導く事が出きるはずです」


 召喚士さん、良い人だなぁ……。


 そういえば、ショックで忘れかけてたけど、さっさあの召喚士さん、自転車が凄いって言ってたな? どういう事だ?


「召喚士さん、ありがとうございます。それと、あの、さっさ自転車が凄いって言ってましたけど、どういう事ですか?」


 すると、召喚士の顔が急にぱぁっと明るくなり、興奮状態に。


「そうなんです! その自転車、凄いんです! まず、浮遊魔法がかけられています。乗っている方が飛べと念じれば飛べます。そして、かなり硬いです。上級魔法攻撃でも壊れないし、自動的に結界バリアも発動します。後、何故かMPが1000もあるのです!」


 は? 俺がMP20で、自転車が1000? しかも、バリア発動っ? すげーっ!


「そんな凄いのこれ? え? でも、さっきまでただの自転車だったよ?」


 俺の言葉に召喚士は不思議そうな顔をする。


「ただの……? いいえ、そんな筈はありません。そうなると、この国に来てから最強の自転車になったって事になりますよ? はっ! いや、もしかして……」


 召喚士は何やら心当たりがあるかの様な顔をしている。


「どうしたんですか?」


「成様、すいません! 成様が付与されるはずだった魔力……そして能力その自転車に付与された様です……」


 な、なんだってー!


「じゃあ、本来なら俺はMP1000の最強の魔法使いとかになれてたかも知れないって事、ですか……?」


「そうなりますね」


 ま……じか……。俺は力無く、その場に座り込んでしまった。

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