第41話 最後の告白
「そう……か」
告白リセットから脱却するにあたって、最も手っ取り早いのはマキの願いを取り消してもらうことだ。
だがその選択肢は真っ先に除外した。それが何を意味するのか、薄々わかっていたからだ。
「そうだよな。こんなの、上手く行き過ぎっていうか、都合が良すぎっていうか、本来有り得ない話だもんな」
「そうそう、こうやってやり残したことをやれるチャンスをもらえるなんてさ。恵まれすぎもいいとこなんだよ。でも、調子に乗っちゃいけない。あんまり好き勝手やってると罰が当たりそうだからね」
俺がマキに使った札を、牛見は式神札と呼んでいた。彼女の口ぶりからすると、勝手にそれを使用することは何らかのペナルティを受ける行為らしい。
それを何とかしてもらう約束を取り付けたのはリセット前の出来事なので、あの話はなかったことになっている。
組合とか、専門家とかは結局よくわからなかったが、なんかヤバそうな組織であることは間違いない。これ以上好き勝手やってると、流石に取り返しのつかないことになりそうだ。
「でも、本当にここでいいのかよ。せっかく外に出られるようになって、やり残したことをできるようになったっていうのに、来るのがこんな寂れた公園なんて……」
何度も確認したし、その度に彼女はここで良いと言った。それでも、俺はもったいないと思う。
大して整備もされていない古びた公園で、ギコギコ音の鳴るシーソーに乗ることで成仏なんてしてしまって本当にいいのか。
俺に金さえあれば、もっといい場所に連れて行ってやれたのに。そんな無力感に苛まれる。
「いやぁ、どうやら駄目みたいだね。これじゃ、私の未練は断ち切れない」
「だよな。そりゃいくらなんでもこんな場所じゃ────」
「場所は関係ないよ。私の未練は、もっと全然違うことだったって話」
「違う事……? 一度も外に出掛けられなかったこと以上の未練があるのか?」
「そういうこと。確かに、一生病院の外に出られなかったことは心残りだったよ。人生でやり残したことだよ。でもね、それは幽霊になるほどじゃなかったみたい」
俺の心配など全くの見当違いだとでも言うように、マキは力強く口にする。
「じゃあ……お前の未練って……」
「まだわからない?」
試されている。この五年間、鍛えに鍛えた俺の頭脳が今まさに、その真価を問われている。
ヒントはいくらでもあった。マキは幽霊になってまで俺を見守っていた。千里眼的な能力は強い未練を持った相手にしか使えない。呪いの発動には共通の感情を持った三人が必要。振り返ってみれば、問われるまでもなく答えが出せそうな大ヒントばかり。
でも、答えを出すのは怖い。だから何も言わず、ずっと気づいていないフリをしていた。恐らくは五年前から……いや、それよりもっと昔からか。
誰だってそうだろう。答えを出してしまうのは怖いものだ。間違っていたら怖いし今の関係が終わってしまうのも怖い。それに、マキの場合は時間制限があった。
でもだからこそ、尻込みなんかしてちゃいけなかったんだ。そのせいでタイムオーバーになって、こんな二度手間を取らせることになってしまった。
「お前は────」
「ああーっ! ちょっとタイム!」
俺が何か言おうとした気配を敏感に察し、マキは大きく首を横に振る。
「わかっても言わないで! 私が言うから! なんのためにここまで舞台を用意したんだか‼」
「え? お、おう……」
「雰囲気が大事! だけどこの際いいや! そのまま、シーソーに乗ったままで聞いて!」
大きく息を吸い、そして吐く。緊張しているらしいマキは、深呼吸することで落ち着こうとしていた。
呼吸なんて、今の彼女には意味がないだろうに。生前の癖は、幽霊になっても変わらないみたいだ。
……ああ、そうか。そういえば、こういうタイミングで深呼吸するのは、もともとこいつの癖なんだっけ。
「私は────‼」
準備を整えたマキは、吸い込んだ酸素と一緒に溜め込んだ言葉を吐き出す。
「渉のことが好き────‼」
目の前が暗くならない。意識も遠くならない。時の流れの外側に引きずり出されるような奇妙な感覚もない。
この告白が、リセットされることは────なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます