第40話 だからここでお別れだよ
ここは何の変哲もない普通の公園だ。だだっぴろい土地に、安全対策もおざなりな古めの遊具が点々としていて、敷地の外周を枯れ木が囲んでいる。
幽霊でも出そうなぐらい
「おおー、ここが渉行きつけの公園かぁ」
しかし幽霊とはいつ出てくるかわからないから怖いのであって、幽霊を連れてここに来ても全然怖くはならない。
「行きつけの公園って言い方も変な感じがするけどな」
「そう? 毎日のように来てるんでしょ?」
「それはそうなんだけど」
この歳にもなって、こんな何もない公園に毎日通っているというと、途端に駄目人間感が漂うのは何故だろう。
クラスメイトからの誘いにも乗らず──というかそもそも誘いを受ける機会があまりないが──彼らがカラオケで熱唱したり、カップルでイチャコラ青春を謳歌している間、俺は一人で黙々と公園に通い詰めているわけだ。
どうだろう、この負け犬感。なんて虚しいんだ。悲しいを通り越して感情を失ってしまいそうになる。
「ねえ、これは何?」
マキは近くにあった遊具に駆け寄り、興味深そうに眺める。
「それはブランコだ。こうやってここに座って……こう、漕いで遊ぶんだ」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
俺の実演を真似して、マキも隣でブランコを漕ぐ。一度も外出したことがないはずのマキは、当然公園にも来たことがない。
決して情報を遮断されていたというわけではないので、外のことを何も知らないということはないが、ブランコを見たことはなかったようだ。
それにしても、平日の昼間から学校をサボって小学生女子と一緒にブランコに乗る高校生男子という絵面は、なかなかキツイものがあるな。
こうなってくると、この公園が寂れているのがありがたく思えてくる。もし人で賑わっていたら、今頃冷たい視線に晒されていたことだろう。
「おー、これは結構楽しいかも」
「それは何より」
今日の主役はマキだからな。俺がどれだけ恥をかくかなんて関係ない。マキが行きたいと言えば、どこにだって行くし、マキがやりたいと言えば、なんだってやる。今日はそういう日だ。
「じゃあじゃあ、こっちは?」
しばらくブランコを堪能したマキは、また別の遊具へと駆け寄っていく。
「それはシーソーだな。そこに座って……反対側には俺が座る。そうやって、こう交互に上がったり下がったりする感じで……」
マキを支点から一番遠い位置に座らせ、反対側に俺が座る。すると俺とマキの体が交互に上昇し始める。極めて一般的なシーソーの楽しみ方だが、なんだか新鮮な感じだ。
……あれ、よく考えたら、俺ってシーソー乗るの初めてかも? うん、多分そうだな。二人以上じゃないと使えない遊具なんて、触れた試しすらなかったはずだ。
それがこの歳になって初めて乗ることになるとは、人生何が起こるかわからないものだな。
「うーん、これはあんまり楽しくないかも」
ブランコは楽しめたようだが、シーソーはお気に召さなかったらしい。しかしマキは不満げな表情を浮かべつつも、シーソーから降りようとはしない。
「じゃあ、他のにするか?」
「他のって、もう遊具ないじゃん」
「それもそうか。ならブランコに戻るか?」
「いいよ別に、このままでさ」
そう言って、マキは黙々とシーソーに揺られ続ける。
「楽しめるかどうかなんて、あんまり関係ないんだよね」
「……どういう意味だ?」
「ただ、普通の子供と同じように、公園で遊んでみたかっただけなんだよ。そうやってやり残したことをやり遂げたら、心残りも消えて成仏できるかなって」
「……成仏って、消えるってことだろ? そうなったらお前は────」
どうなるんだろう。天国に行くことになるんだろうか、それとも意思そのものが消滅してしまうのだろうか。
こればかりは、誰にもわからない。なにせ、死んだ後で生き返った人間などいないのだから。
「そろそろ行かなきゃいけないんだよ。いつまでもここにいるわけにはいかない。渉にも悪影響だからね」
「そんなことないって。俺はお前に助けられて……」
「それが駄目だって言ってるんだよ。本当にもう、お馬鹿さんだなぁ」
マキは呆れたように嘆息し、その後、気まずそうに視線を逸らす。
「わざと……じゃ、ないんだけどさ。こんなのマッチポンプなんだよ。渉ならもうわかってるはずでしょ? 助けるもなにも、リセットの元凶は私なんだからさ」
「それは…………」
「だから今日はね、未練を断ち切るためにここに来たんだ」
覚悟を決めたとか、意を決したとか、そんな仰々しい雰囲気じゃない。五年前と同じように、マキは穏やかな笑顔でそう告げる。
「────今度こそ、私は遠くへ行く。だからここでお別れだよ、渉」
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