第24話 人形の体
「ところで、さっきから気になってたんだけど」
俺はマキの体を頭のてっぺんから足の先までジックリ観察し、首を捻る。
「それ、どうなってんの?」
今のマキはどこからどう見ても普通の人間だ。肌の色が極端に青白く、顔色もよくないが、幽霊には到底見えない。
病院の患者服をもう少し普通の服に着替えれば、どこにでもいそうな普通の少女の姿そのものだ。
「まさか、生き返ったわけじゃないんだろ?」
「当たり前じゃん。死んだ人が生き返るなんて有り得ないよ。そんな非現実的な。漫画じゃあるまいし」
「幽霊の身分でそれ言う?」
それに、世の中には非現実的なことも結構あるというのは、俺も彼女もよく知るところだ。
かといって、死者の蘇生はいくら何でもないだろう。それだけは何がどうあっても逆らえない絶対的なルールだ。
だとすると、死んでいるはずなのに、まるで生きているかのように見える今のマキの状態は謎である。
「これはあくまで人形だからね。霊的エネルギーで作った仮の体だよ。一応霊感のない人間にも見えると思うけど、私が幽霊であることに変わりはないよ」
「さっきからちょいちょい話題に出てるけど、その霊的エネルギーってなんだ?」
「霊的なエネルギー」
何の説明にもなってない説明を真顔でしてきやがった。つまり、よくわからんから聞くなということか。
「前にも言ったでしょ。私も専門家じゃないんだから、そういうのは由緒正しい霊媒師の家系で、産まれた時から霊感を持ってるようなプロの人に聞くといいよ」
「……聞こうとして酷い目に遭ったばかりだからなぁ」
家は神社だし、普段からよくわからない道具を持ち歩いているし、組合がどうとか同業者がどうとか言っていたし、多分牛見はその道のプロなんだろうな。霊的なことにはかなり詳しいはず。
リセット現象のことについても、彼女に聞くのが最も手っ取り早いであろうことは間違いないのだが……あんなことがあった直後でまともに話ができるのかどうかは疑問だな。
「さっきの光がその霊的エネルギーなのか? だとすればその体は霊的エネルギーを材料に構成されていることになるわけだよな。じゃあそのエネルギーの出どころはどこだ? いつまで稼働できるんだ? 人形ってことは生物じゃないんだよな? 呼吸はしてるのか? 脈拍は? 体温は?」
「……そんな細かいことどうでもよくない? とにかく、私は幽霊だけど、普通の人間みたいに自分の足で歩けるようになったよって話。これで現世に直接干渉できるから、渉の助けになることもできる」
「それはありがたいんだけど、どうでもいいってわけにはいかない。詳しく知っておかないと土壇場で不測の事態に陥る危険性もある」
一番大事な場面で突然エネルギー不足による機能停止を起こしたり、壊れたりすることだって考えられるからな。その可能性は事前に潰しておきたい。
「そんなに気になる?」
次から次へと疑問が湧き上がってくる俺とは対照的に、当の本人は興味なさげだ。
「気になるね。気にならない方がおかしいだろ。よく考えてもみろ。死んだ幼馴染の幽霊が、変なお札を使ったら復活したんだぞ? 幽霊であることに変わりはないにせよ、見た目に関しては肌に血の気がなくなったぐらいでほとんど当時のままだ。何がどうなってんのか気にならないわけがない」
「ちょ、何、急に早口になるのやめて」
いかん、ちょっと興奮してしまった。いくつになっても、男の子はよくわからない術とか必殺技にロマンを感じるものだよな。幽霊に肉体を与えるお札なんて、不気味だけどロマンがあっていい。
「そこまでいうなら、調べてみる?」
「調べるって?」
「ほら、触っていいよ」
そう言って、マキは両手を腰に当て、胸を突き出してきた。
「触ってみてわかることもあるかもしれないし」
「確かにそうだな。じゃあ遠慮なく」
俺は両手を前に出し、彼女の胸部に撫でるように触れる。
「────ちょ、何で触るの⁉ 変態‼」
「ぐべっ!」
鳩尾を蹴り飛ばされ、俺は無様な声をあげながら地面に転がった。
「信じられない! 女の子の胸を勝手に揉むなんて!」
「い、いや……今お前が触っていいって言ったんだろ⁉」
「今のは冗談に決まってるでしょ! 何本気で触ってんの? 顔を真っ赤にしてたじたじになりながら口ごもるのがお約束でしょ⁉」
なんと理不尽な。そんなお約束なんて俺は知らないぞ。なんだよ。女慣れしてない俺が悪いってのか? 世間一般の男は初見でこのお約束とやらを見抜けるのか?
「で、でも、実際に触ってみて、わかったぞ。これは確かに人形だ」
「……? なんでそう思うの?」
「だって胸にしては硬かったからな。板でも触ってるみたいだった。女の人の胸ってもっとフワフワしてるはずだろ?」
「………………」
あれ、なんだろう。マキの目がやけに鋭いような……これはまさか、殺気⁉
「この童貞野郎が……」
「へ?」
「歯ァ食いしばれ‼」
マキの右手が閃き、俺の左頬を引っぱたく。
十二歳相当の女児が繰り出したとは思えないほど強烈な一撃。新しく手に入れた体は、どうやら相当馴染んでいるらしい。
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