第23話 叶った願い

「リセット現象が、お前のせい? どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。渉が誰かに告白を受ける度に、時間が巻き戻るのは私がそうなってほしいと思ってるから」


 唐突なカミングアウトに、俺の思考は停止する。ポカンと大口を開けて、間抜けな顔をしたまま固まることしかできない。


「確信はないんだけどね。多分、そうじゃないかなってだけの話で」

「ちょ……ちょっと待ってくれ。それは矛盾してるだろ。お前は、俺に友達とか彼女とかを作ってほしかったんだろ? そういう約束をしたよな?」

「うん、したね。もうあれも五年前かぁ。懐かしいね」

「そのお前がなんで、告白される度にリセットなんかするんだよ。おかしいじゃないか」

「おかしくないよ!」


 マキは人差し指を突き出し、俺の鼻先に向けて突き立てる。


「渉、彼女ができるなら相手は誰でもいいと思ってるの? 女でさえあれば? どんな相手でも構わないって?」

「そんなことはない!」

「でしょ? 私だってそう。渉には彼女を作って欲しいんじゃなくて、幸せになってほしいんだよ。間違っても、悪い女に捕まってほしくない」

「悪い女って……」


 それを聞いて、二人ほど連想される人物がいた。無論、真殿と牛見だ。もしリセット現象が起きなければ今頃あの二人のどちらかと付き合う羽目になっていた可能性は高い。


「そういう……ことか」


 彼女らの裏の顔を知った今となっては、リセット現象の持つ意味は180度ひっくり返ったと言ってもいい。あれは俺への試練ではなく、救済だったわけだ。


「渉、半年くらい前から同じ学校の女子にストーキングされてるの気づいてた?」

「え? ああ……気づいてなかったけど、ついさっき知った」


 時期については定かではないが、同じ学校にいる俺のストーカーとなれば、もう真殿のことで間違いないだろう。


「というか、お前はなんで知ってるんだ?」

「渉の様子を見守ってた時に偶然気づいたんだよ」

「……それ、お前もストーカーじゃね?」

「私はいいの! 死んでるんだから!」


 俺の指摘を乱暴な理屈で押し通し、マキは話を続ける。


「気づいた時は焦ったよ。幽霊の私にできることなんて何もないし、勘の鈍い渉が自分で気づけるとも思えないし。だからせめて、ああいう変な女にだけは捕まりませんようにって祈ってたの。で、ここからは推測なんだけど、私のその願いが、リセット現象っていう形になって実現したんじゃないかなって」

「願いが実現? そんなことがあるのか?」

「願いっていうと聞こえはいいけど、要は呪いだね。幽霊は、霊的エネルギーを利用して生きた人間に呪いをかけることができるんだよ。きちんと弔われた魂には、悪用できるようなエネルギーはないはずなんだけど……私の願いが、何らかのエネルギーによって実現して、渉にかかる呪いとなった可能性はあるかなって」


 ……今日は朝から急展開が多くておいていかれ気味だったが……ようやく理解が追い付いてきた。つまりこういうことか。


 千里眼で俺を観察していたマキは、ある日俺をストーキングする真殿を発見。俺を守りたいと願うも、何か行動できるわけではない。

 しかし、本来叶うはずのなかったその願いが何らかの要因によって実現した。それが告白リセット現象。

 それは俺が誰かから告白を受ける度に時を巻き戻すという形で、俺を守ろうとしていた────と。


「うん? そうだとすれば、真殿以外からの告白でも発動するのはおかしいんじゃないか? お前が警戒してたのは真殿だけなんだろ?」

「私はストーカーが誰なのか、個人を判別できてるわけではないよ? 私なんてもうただの幽霊で、残留思念みたいなものなんだから、渉以外の人間はあんまり識別できてないし」

「え、そうなの?」

「……待って。真殿? その名前は前に聞いた覚えがあるよ。それがストーカーの子の名前なの?」


 俺が何も言わず、気まずそうに視線を逸らすのを見て、マキは全てを悟ったらしく深いため息をついた。


「ねえ、ひょっとしてさ。前言ってた学校で一番可愛い女の子って、もしかしてそのストーカーの子のこと?」


 無言を貫く。しかしその沈黙は、正直に白状しているのと同義だ。


「渉ってさ。ほんっっっっっっっっっとうに人を見る目ないよね」

「し、仕方ないだろ! 誰だってあんなの騙されるって!」

「はぁ……私は不安で仕方ないよ。渉はもっと人を疑うことを覚えた方がいいね。このままじゃ間違いなく、悪い女に搾り取られる人生になるよ?」

「……はい、気をつけます」


 マキは十二歳で死んだ少女の幽霊であり、さらに一歩も病院から出たことがなく人間関係も希薄だったはずなので、人生経験でいうなら俺の方が圧倒的に上だと思うのだが……俺は彼女のお説教を素直に聞くしかなかった。

 以前までなら、こんなことを言われても鼻で笑って聞く耳を持たなかっただろうけどな。実際に酷い目に遭った直後となれば、言葉の重みも変わってくる。


「まあ、これも、もうちょっと早く話してあげればよかったんだろうけど、私としても確証がなかったからさ。思い当たったのも、昨日渉が帰った後だったし」

「いや、結果的には良かったよ。昨日の時点で話されてても、ストーカーに心当たりがなかったから余計に混乱したと思う」

「そう? それなら良かった。じゃあ、自由に動ける体も手に入ったことだし、ここから本格的に活動していくとしますか!」


 マキは肉体の感触を確かめるみたいに屈伸や伸脚をして、大きく背伸びする。服が引っ張られて胸部が強調されるが、お札を使って得た体も十二歳相当らしく、膨らみなんてないも同然だった。


「リセット現象の元凶は多分私だけど、まだわからないことは多い。エネルギーの供給源とか、そもそもなんで実現したのかとかね。その辺調査しないと、下手したら一生渉に彼女できないし、まずはそこから調べていくとして……」

「それと、あの二人のこともなんとかしないと。真殿も牛見も、もう何をしてきてもおかしくない雰囲気だし……」

「それは自分でなんとかしなよ。人間関係のトラブルに、幽霊が直接首突っ込むってのは流石にどうかと思うし」

「えぇ……そんなぁ……」


 一番助けが欲しいところなのに、そこは一人でやらないといけないのか。


「まあ、仕方ないか。最近の俺、格好良いとこ何もないし、そろそろバシッと決めておかないとモテ男になんてなれないよな!」

「……ぶっちゃけ、その路線はそろそろ諦めた方が良い気もするけどね」

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