第23話 神薙塔矢③-2
二人ともが教室に入ると、日渡は俺が教壇の上に置いた段ボールを再び手に取って、俺が座っている席と自分が座る席の間の机の上にそれを置いた。拒絶をされているかのような振る舞いに少し思うところもあったが、俺たち二人にはこれぐらいの距離感が必要だというのは、同感する。
俺たちは無言のまま順番に道具を取り出して、作業を開始した。まずははさみを使って画用紙を小さく切っていく。確か、角が出来たら受け取った時に危ないからって、楕円型に切っていくんだったか。どれくらいの大きさがいいのかいまいち分からないが、とりあえずは試しに切ってみるか。
ジャキンジャキン。ジャキンジャキン。
紙が切れる心地よい音が、二つ同時に鳴り始めた。日渡の器用さが音を途絶えさせることなく継続させていて、俺が生み出している断片的な音と合わさると妙に調和がとれて、二重奏の演奏のようだ。まあ、日渡とは違って楽器なんて音楽の授業以外で触ったことなどないのだが。
切る前は簡単だろうと舐め切っていたのだが、丸みをつけながら切っていくとなると、意外に技量が必要になってくるようだ。画用紙を回しながら形をつけていくとやりやすいような感じもするが、如何せん上手くいかない。楕円は楕円でも、所々、時空でも歪んだのかと謂わんばかりにぐにゃっとなっている箇所がある。これは俺が不器用すぎるのか。それとも、日渡が器用がすぎるのか。そういえば小さい頃、砂場で城を作ってみたが上手くいかず、日渡が手伝ってくれて立派な城が出来上がったりしたっけ。
…………ああ。思えば今も、あの時と同じような状況か。俺一人だけじゃ、まともにメッセージカードも作れていなかった。そもそも、道具類を持って来てくれたのも日渡なわけで、俺がやったことと言えば、教室の扉を開けたことぐらいだ。
はあ。なんだか自分が情けなくなってくるな。今も昔も、日渡には助けられてばかりのような気がする。素直にお礼が言えたらいいのに。恐怖心を餌にして生まれた化け物が、何時も俺の前に立ち塞がり、過去へと続く道を進ませないようにしてくるんだ。
殴りかかってもひらりと避けて、簡単に俺の身体を抑えつけてくる。暴れてみても抵抗は虚しく、奴に俺の力は全く通用しない。奴を倒すことが出来たその時はきっと、俺は日渡に――。
ちらっと、横目で日渡の方を見る。段ボールに遮られて彼女の姿は見えないが、確かにそこにいるのだと感じ取れる。耳に届く日渡の作業音や息遣い。それらを聞いていると、あまりにも変態みたいに思えてきて、俺は作業に集中しようとした。するとその時、日渡の方からさっきまでとは違う音が届いた。布の擦れるような音、それとカタカタと何かが揺れるような音。気になった俺は、椅子を少し引いて日渡の姿を確認した。
俺の目に映った日渡は、作業の手を止めて、椅子が揺れるぐらいにそわそわと身体を動かしていた。
どうした? と、思う時間など必要なかった。
小さい頃、たまに喧嘩をした。喧嘩をした後は、二人とも意地になって会話をしないなんてこともよくあって、でも基本的に日渡が折れて話しかけてくるんだ。それで喧嘩などなかったかのように、また以前の二人に戻る。
今の日渡は、その時に見せていた日渡の動きと全く一緒だった。喧嘩をして会話をしなくなって、でも一緒にはいて、そんな時に見せる日渡の仕草だった。小さい頃から何も変わらない、彼女の姿だった。
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