第20話 日渡瑠璃②-3

 私は教室の床の木目を目にしながら、とぼとぼと教室の中へと入って行った。表情どころか、顔すら見せたくない。お礼もまともに言えない嫌な女、そんなレッテルを張られている私が、堂々と正面を向いて歩くわけにはいかなかった。


 私は教壇の前に来ると、上の段ボールを再び手に取って側の机の上に置いた。段ボールを置いた席の隣に彼が座っているのを横目で確認した私は、段ボール君を挟んで彼と並ぶ形で席に着いた。勝手に席を使用するのに若干抵抗を感じるので、明日になったら使用させてもらった席の人たちには一言お礼を言っておこう。


 はあ。ほんと、つくづく嫌味な女だと自分で思う。わざわざ段ボールを席に置かなくても、並んだ机の間の床に置いて、二人でその並んだ席をそれぞれ使えば一番効率がいいだろうに。こんなあからさまなに拒絶感を出さなくても……。はあ。


 私たちは無言のまま、順番で各々段ボールから道具を取り出した。風船、手動の空気入れ、メッセージカード用の画用紙と、そしてはさみ。作業手順は既に昨日、合流した後に決めてある。まずは画用紙を楕円型に切って、そこにそれぞれ好きなようにメッセージを書く。当然、一年生を歓迎していることが分かるメッセージ限定だ。そして書いたメッセージカードを小さく丸めて風船の中に入れ、空気入れを使って風船を膨らませれば出来上がり。これをざっと百個。数字だけ聞けば多い気もするけれど、一年生全体の数には及ばないことを考えると、少ないのかもしれないとも思う。まあ、とにかく作ってみて足りなそうだったら足そうという結論に至った。


 予め作業手順を決定していて本当に良かった。決まっていなかったら、今から二人で思案することになっていたのだから。


 私も道具を取り終えて席に戻り、画用紙を切り始める。ジャキンジャキンと、紙を切る音がある種のASMRのように聞こえてくる。


 ジャキンジャキン。ジャキンジャキン。


 二人とも無言のまま、静かな空間の中で二人が放つ音が混じり合って、教室内に響き渡っていく。

 二人の音。その音が部屋中を満たして、どこか心地よさを感じ始めていた。穏やかで、温かい。

 耳を澄ませば、彼の息遣いも聞こえてくる。私の呼吸音と彼の呼吸音が私の耳の中に流れ込んできて、思わず顔が熱くなった。

 

 彼は今、何を思っているのだろう。


 私と同じように、居心地が悪いはずなのにどこか懐かしい感覚に浸ったりしていないだろうか。あの頃の、一緒に肩を並べて登下校をしていた風景を、思い出したりしていないだろうか。


 私たちの関係が壊れた嫌な場面もあるけれど、それでもやっぱり、私の人生の中での一番の思い出は、あの時代に詰まっている。彼という人間がずっと側にいてくれたあの時間が、十年経った今でも私の脳裏を駆け回っているのだ。公園を駆け回っていた、少年と少女のように。


 何のしがらみもなく、お互いがお互いを一人の人間として求め、心を通わせていたあの毎日を、思い出せば出すほどに、私は無意識の内に彼の発する音に意識を集中させてしまう。私、変態みたいだ。と、自己嫌悪しながらも、私は彼という存在が側にいることにやはり喜びを感じてしまっているようだった。

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