第19話 日渡瑠璃②-2

 放課後の学校の中、私は今、大きめな段ボールを抱えながら自分のクラスの教室の、その扉の前に立っている。この段ボールの中には、先程学年主任の先生から受け取った準備に必要な道具類が入っていて、私はそれをもらいに行っていたのだ。放課後に皆で集まって準備をしようということになったので、本来なら私と花音ちゃんが受け取りに行っていたはずの物を、私は今一人で持って立ち尽くしている。


 非常に困った。緊急事態と言っても、過言ではない。この教室の先には、当初の予定では遠藤君と彼の二人がいるはずだった。なのに現実は、彼一人。そして、私の横にも花音ちゃんがいたはずなのに、いない。


 花音ちゃんは、部長会議に出席しなくてはならないということで遅れてしまうらしく、遠藤君はお母さんから幼い弟の世話をしてほしいと頼まれて今日は参加出来ないそうだ。二人は何も悪くないし、文句など到底言えるはずもないのだけれど、この悲惨な現状について愚痴を言ってしまいたくもなる。どんな顔をして、教室内に入って行けと言うのだ。


 意識すればするほど、平常時の表情がどんなものだったか見失う。笑っているわけもなく、怒っているわけもなく――ならば無表情? 私の平常時の顔は、本当に無表情? 無表情って、なんだ? どういう風にすれば、無表情が出来上がるの?


 ああ、もう。荷物は重いし、頭の中はぐしゃぐしゃになるし。やっぱり全部、あいつが悪い! この苛立ちの勢いで扉を開けて、そのまま文句を言ってやろうか。今の文句と、それと、過去の文句も……。


 そんな風にして思い悩んでいると、突然扉が一人でにガラガラと音を立てながら開いた。


「…………」


 扉を開いて現れた仏頂面の彼は、無言のまま私の腕の中から段ボールを手に取った。段ボールを持った刹那、勢いのある旋回をし、私に背を向けてつかつかと歩いて行く。彼が段ボールを静かに教壇の上に置くまで、私は呆けたままその場で立ち尽くしていた。


 これはもしかして、荷物のせいで扉が開けられなくて困っていた、とそう思われていたのだろうか。確かに荷物の重さに少し苛ついてはいたけれど、扉を開けようと思えば一度段ボールを廊下に置けばいいだけのことで、やろうと思えばいつでもやれた。ただ私に、扉を開ける勇気がなかっただけなのだ。


 彼が何を思って扉を開けて段ボールを受け取ったのかは判然としないけれど、それでも彼が私を助けくれたというのは事実で間違いないはず。となれば、お礼を言わなければ。助けてくれたらお礼を言う、そんなのは、人として常識だ。


「――あ…………」


 また。

 

 また何時もみたいに、言葉にならない。花音ちゃんだったり先生だったり、名前も知らないコンビニの店員さんにだって、お礼は言える。きちんと言葉にして、はっきりと「ありがとう」と言える。なのに、どうして。どうして彼に向けてだけは、何時も上手く言葉を発することが出来ないのだろう。

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