第11話 日渡瑠璃①-5

 彼は、何も気にはしないのだろうか。彼の中では、私という存在は既に過去のもので、興味も関心もない対象となっているのだろうか。そんな、自分の中に答えなどあるはずもないことを思った。その答えは、彼の中にしかない。


 過去を引きずって女々しいなぁ、なんて、別にいいじゃないか。だって、私は女なのだから。女々しく生きていく。私の中の大切な過去が、彼の中では不要なガラクタだっとしても、私たちの関係性は、何も変わらない。


「風船を、飛ばしたい。セレモニーの開幕式なんかでよくあるような、大量の風船を空に飛ばしてみたいんだ」


「――ああ、なんとなく分かるけど……なんかイメージと違うね。風船、好きなんだ?」


「まあ、風船が好きというか……」


 歯切れが悪く、どんどん声が小さくなっていって、最後の方は何を言っているのか聞こえなかった。花音ちゃんも彼が濁しているのを察知したのか、それ以上追求することはなかった。


「ねえ、花音ちゃん。私、先に教室に戻ってるね」


 そう言い残して、私は花音ちゃんの返事も待たずに屋上を出て階段を下りて行った。あのままあの場にいたら、どうにかなってしまいそうだった。


 小さい頃、彼と一緒に風船を飛ばして空を見るのが好きだった――いいや。流れていく風船と、その背景を彩る空を見上げている彼を見るのが、好きだった。キラキラと輝く目を上空に向けて、周囲のことなど全く眼中になく、自分の世界に入り込んでしまっている彼の姿は、大好きなミルクレープを食べるよりも心が躍った。


 彼の中にもまだ、過去の私たちがいる。正直言えば、そんなこと知りたくなかった。知らずにこのまま高校を卒業して、気付けば彼のことを忘れてしまっている、そんな展開が望ましかった。なのに――。


 私は階段を下りて、駆け足で教室へ向かった。途中で先生に注意されたような気もしたけれど、心の中で謝罪してそのまま走り続けた。


 教室に戻って自分の席に座り、即座に突っ伏す。ああ、早く元に戻らないかな。


 鏡を見なくても分かる。今の私の顔面はきっと――最高に気持ち悪い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る