第5話 神薙塔矢①-5
「何ぼーっとしてんの?」
橘が怪訝な顔をして聞いてきた。俺は橘の言葉で我に返り、再び現実を視界に映し出す。
「いや、なんでもない」
そう言いながら、日渡のいる方へと無意識に向いていた視線を橘ヘ向けた。日渡の姿を見ていると息が苦しくなってくるが、橘が相手なら別段そんなことはない。
「ていうか、俺になんか用でもあるのか?」
用事がなくても絡んでくるのが橘花音という女、であることは十分承知の上で問いかけた。ない、という返答を頂いたら、そのまま即座に反転して帰ってもらうとしよう。
「用があるから探してたの……探しては、ないか。どうせ屋上にいるだろうと思ってたし。ね、瑠璃」
「……うん」
無理矢理会話に参加させようとでもしたのか、橘は日渡に向けて声をかけた。突然の方向転換に戸惑うこともなく、落ち着いたまま、というよりかは元気のない受け答えで日渡は親友の声に応えた。
「
テンションの低い親友に気付かなかったのか、橘は日渡に一度声をかけただけで、またすぐこちらに向き直った。
この学校のイベントの一つである。
ともあれこの桜蘭祭。出し物を行ったりするのは在校生の自由で、やりたい者がやればいいし、やりたい者はやらなくてもいいということになっている。もし仮にやりたい者が少数であっても、地域の人たちに協力してもらうので問題ないらしい。
当然ながら、そんな面倒事を俺がやるわけもなく、去年は何もせず一人屋上で眠ったり本を読んだり、スマホを弄ったりしていた。屋上での催し物は万が一の危険性を顧みて禁止されていたので、一人の時間を十分に堪能できたのを覚えている。
しかしながら、今年は去年のようにはいかなくなっていた。屋上が解禁されるとかそういう話ではなく、俺自身に問題があるゆえに、だ。
昼休憩の時間に屋上に来て食事をするのが常であり、そしてそのまま眠ってしまって授業に出れなかったりしてしまうこともしばしばあった。ずっと先生たちの温情によって(というかたん
に言っても治らないから面倒になっただけのような気もするが)見逃されてきていたが、三年生になってからはどうやら、温かい情も冷え切ってしまったらしい。
俺は担任に、条件を突き付けられた。桜蘭祭で出し物をしなければ、屋上を封鎖する――と。俺一人のためになんと大仰なことかと思ったが、薄ら笑いの中に見えたあの瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。
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