第2話 神薙塔矢①-2

 扉が激しく開く音と同時に響いた女子の声。高く声量の大きい声が頭に響いて、不快感を感じた。黙れ、と一言言ってしまいたい気持ちはあるが、この場を独占できないと同様に、彼女の口を塞ぐ権限は俺にはない。ここは黙って暗闇を見続け、意識を混濁させていく他にはない。


「――あれ? 寝ちゃってるのかな」


 カツカツと、石で出来た屋上の床と靴が何度も触れ合う音が聞こえる。厄介者が現れる兆しを告げる音が次第に近づいてきて、俺は更に強く目を瞑った。立ち去れ、と強く心の中で願う。願ってもなお音が近づて来ているのを悟った俺は、接近してくる敵に向けて言葉を投げた。


「こっちに来るな、あっちに行け」


「やっぱり起きてるんじゃん。あーあ、あと少し眠った振りしてくれてたらキスして起こしてあげようと思ったのに」


 俺は彼女の言葉を聞いてすぐさまを目を開ける。そこには、しゃがんでこちらを見下ろす一人の女子の姿があった。


「気持ち悪いんだよ、セクハラ女。通報するぞ」


「女の子からのキスをそんなに拒絶する方が気持ち悪いよ」


 未だに俺に絡んでくるクラスメイトの女子、たちばな花音かのんは、笑いながら立ち上がる。位置的に少々まずいので、身体を横に向けて冤罪対策を実行する。俺の背中を軽く蹴飛ばしてくるのを無視して、俺は断固関わり合いを拒否する姿勢を示した。


 橘の絡みが鬱陶しいというのはもちろんある。だがそれよりも、俺がこいつと関わり合いたくない要因があった。それは、橘花音と四六時中一緒にいると言っても過言ではないほどに側にいる一人の女子の存在である。


 上体を起こしながら、そーっと半ば覗き見るようにして橘の背後を窺った。やはりあいつは、静かに佇んでいた。


 風に揺れる艶やかな長めの黒髪、ある種の冷たさを感じる切れ長の目。身長も170センチほどと女子の中では高い方であるため、鋭い目つきと相まって、かなりの威圧感を放っている。


 学校内では、彼女、日渡ひわたり瑠璃るりはそれなりに有名人だ。初見では怯える者も少なからずいるようだが、それでも慣れてしまえば、異口同音に可愛いやら、格好いいやらと唱えだす。踏まれたいだの、罵られたいだのと、言葉を漏らす男子が多数いるようで、それを聞いた女子は気持ちが悪いと騒ぎ立てる。だが可笑しなことに、気持ち悪いと言っていたはずのその女子たちも、日渡を見て、飼われたい、などと言い出すのだ。この学校に入学する必要事項の中に、変態であること、なんて書いてあっただろうかと、後悔する日もままあったものだ。


 確かに可愛いし、格好いいのだろう。私情を挟まず、美的感覚のみで見ればそう見えることは認めざるを得ない。対象物がそう見えるのなら、それはそう見える者であるわけで、否定をする意味は全くない。


 ただ。日渡の容貌が周囲と同じように見えたとて、必ずしもそこから派生する感情は同じだとは限らない。

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