ルーク④
コンコンコン、控えめなノックがした。俺はカーテンの閉め切られた暗い室内で、なおもずっと鳴り響くその音を聞いていた。いい加減我慢ができなくなって、立ち上がる。めまいがして、壁に寄りかかった。
そのまま壁伝いに玄関へ向かう。
扉を開けると、そこには背の高い、初老の男が立っていた。白髪交じりで、紳士服を身に纏った男だったが、俺は彼に違和感を覚えた。それは、顔立ちや雰囲気で、なんだかこの国の人間ではないなとわかるようなもの。だがそのときは、『この国』ではなく、『この世界』だった。彼がこの世界の住人ではないと、俺は直感的にそう感じたのだ。
「が……」
久々に声を発しようとして、乾燥しきったのどに痛みが走る。何度か咳き込んでから、俺はもう一度眼前の奇妙な男に問いかけた。彼はそれまで、じっと黙っていた。
「誰だ?」
「私は、ラーベンリッヒという」
その男は、綺麗に言葉を発した。だから、俺は少し驚いていた。彼はどうみてもこの国の人間ではなかったからだ。俺がその理由を知るのはまだ後になってからだ。
まず、俺はこう訊かなければならなかった。
「なにしにきた?」
「ここに、イヴというアンドロイドがいるだろう」
淡々とした様子で言った。
俺は反射的に扉から室内へと続く廊下を、体で遮った。この男が敵なのか味方なのか、見極めなければならない。
「彼女になんの用だ」
「ふむ……まずは説明しなくてはならないな。信じてもらうためにも」
それから彼は、ずいぶんと突拍子もないことを俺に話した。普通なら信じないような話は、だがイヴという珍しい機体のおかげで、意外にも簡単に信じることができた。それほどまでに、イヴは現代の社会や技術から見て異様な存在だったのだ。
長々と話した彼は、最後にこう言った。
「君は、間接的にではあるが、我々の世界を救ってくれたのだ。悲惨な戦争を、回避することができた」
「…………」
そんな自覚はなかったから、俺はうまく返すことができなかった。俺には、難しすぎたのだ。とにかく俺にとっては、イヴという存在がアンドロイドの全てであり、その周りを取り巻く計画や開発、武力なき戦争というのは、いわばどうでもいいものなのかもしれない。
それと……と、彼は続けた。
「ポーンくんから聞いた。イヴが停止状態に入っているらしいね」
「あ、ああ」
「君は、これからも彼女一緒に過ごす覚悟があるかい?」
きらりと、彼の目が光った気がした。
「もちろん」
彼がその質問をした真意はわからなかったが、俺はとりあえずそう答えた。当たり前だ。それはもうずっと前から、当然のこととして考えていたもので、今更訊かれたところで答えが変わるはずもない。
「では、イヴを治そう」
「え……ほんとかッ!?」
たしかに、制作者であるこの男なら、治せるだろう。それは俺にとって、夢にまで見た申し出だった。
後から思えば、それは、彼にとって長い時間忘れていた、科学者としての「遊び心」だったのかもしれない。おそらく彼はこの段階ですでに、あの趣味の悪い、それでいて非常にありがたい、「遊び心」を考えついていたはずだ。
「少しの間、彼女を預かる。また来るよ」
彼は微笑んだ。それは満足そうな笑みだった。幸せを心から願っているような、そんなすがすがしい笑いだ。
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