ルーク③
それは、突然やって来た。
まるで、人間のそれが突然であるように、唐突に、前触れもなく、イヴが動かなくなったのだ。俺はどこかで勝手に、アンドロイドは人間より長く生きるものだと思っていた。
だから、まさかこんなことが起こるなんて想像してもいなかった。
「イヴ! イヴ!」
ぐったりして動かない彼女の肩を必死に揺さぶる。全身が痛かった。筋肉が硬直したように痛む。ぎりぎりと、錆びた金属人形のようだと思った。
イヴの体はまだ温かい。もしかすると、このまま温度は下がらないのではないか。そう感じた。
両手で髪の毛を握りしめる。引っ張られる痛みなんて感じなかった。それよりも、痛かったから。ブチブチと音がした。そっと手を見ると、かなりの毛が付いている。
それが現実のものであるような気はしなかった。だけれど、目の前には彼女が横たわっている。その事実は変えられなかった。きっと、俺自身の目を抉ったとしても、それは変えられない。
「はは……ははは。嘘だろっ……」
だけれどそこで、俺は思いつく。
「ポーン……」
そうだ、彼なら。俺にこれをよこしたアイツなら、イヴを治せるかもしれないじゃないか。俺はイヴを抱えた。無理矢理担いで、すぐに家を出た。
俺は走った。
脚がもつれるのも、悲鳴を上げるのも、息が上がって肺が痛み、心臓が張り裂けんばかりに鳴り響くのも、全部無視した。今は、ただ。あの作業場へ行くことだけが俺の全てだった。一人の女を担いで走る俺に、通行人たちは怪訝な視線を向けた。職人街へ入ると、それは更に顕著になった。
そして、彼の元へとたどり着いた。口の中でねばねばとした何かが絡むのも気にせず、俺は力の限り叫んだ。
「ポーン!! いるだろ。出てきてくれ。早くッ!!」
扉を開けた彼は、ひどく驚いたように立ち尽くした。
「助けてくれ!」
「…………」
何が起こったかわからない、という様子だった。彼は入り口のところに立ちふさがったままで、俺を中へ招こうとはしなかった。
「なんだよ、どうした!?」俺は焦っていた。
「そっちこそ、どうしたんだよ」ポーンの表情がひきつっていた。顔が青い。
「壊れた……かどうかはわからないんだが、とにかく動かなくなったんだ。お前なら治せるだろう?」
急に、ポーンの表情が和らいだ。
「悪いな。俺にもそいつは無理だ」
「…………は?」
「それには、俺じゃ見当もつかない技法がバカみたいに使われている。とんでもない技術だ。だから俺には、いやきっとそこらへんの奴じゃ誰も直せない。もしかしたら、できるやつもいるかもしれないが……国内にいるかいないかのレベルだろう。探すのは自由だが……」
なぜポーンが急に饒舌になったのか、俺にはわからなかった。
だが、唯一わかったのは、俺が感じた曙光は間違いだったということだ。希望の塔は崩れ落ちた。
そのまま踵を返して、俺は歩き出した。とりあえず、帰るとしよう。
後ろでバタンと、扉の閉まる音がした。空には、厚い雲がかかっていた。
それから数日、俺はぼーっとして過ごした。
毎晩泣く、なんてことはなかった。誰かが死んだときは、なぜだか涙がでないことがある。というか、俺は基本そうだった。穴が空いて、そこに落ちた感情が、上から蓋をされる感じ。出てこない。感情が、表に。
朝日が昇って、そのままぐるりと世界を照らす。そしてオレンジ色を残して沈み、暗くなる。その間俺は、彼女を横たえたリビングで、ただ座って空中を見つめていた。彼女がアンドロイドで助かった。でなかったら、死後ずっと横に置いておく、なんてことは許されない。
時々姿勢を変えた。
食事は、一日に一回から二回摂った。栄養を摂取しなきゃと、そういう義務感に駆られた。味はしなかった。
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