イカついオッサンになりたい

白里りこ

2023/05/01 はじまり


 世の中には怖い人がいっぱいいる。


 私は鬱病を患っており、フルタイムで働くことを医者から止められている。よって今は、近所のラーメン屋で週に二、三回ほどアルバイトをしている。

 その働きぶりは店長も褒めてくれているから、私は結構真面目に頑張っているのだと自負している。

 しかし、私のことを快く思わない店員もいる。いや、この言い方では語弊があるかもしれない。正確には、たかがアルバイトになら失礼な態度を取っても構わないと思っている店員が複数いる、といったところか。

 例えば私に対してこんな発言があった。


「ねえ何でそうやるの? 効率悪すぎなんだよ」

「あまりにも技量が足りない。とてもじゃないけど仕事を任せられない」

「お前のせいで失敗してるの! いい加減ちゃんとしろよ!」

「早くしてよ! 私もう定時なんだから!」


 まあ、ごく些細なことではある。いちいち気にせず、聞き流すことが最も賢いだろう。が、それにしても礼を失した言い草ではなかろうか。どうにも傷付いてしまう。私は私の尊厳が蔑ろにされるのが大の苦手なのだ。

 加えて、こんな風に立場の弱い人を見下す人間など、社会にごろごろいるのだろうと思うと、暗澹たる気分になる。そもそも私は鬱病の影響で、希死念慮を抱えながらも、何とか頑張って生きているという状況だ。だから、失礼な発言を平気でする輩がうじゃうじゃいるような恐ろしい社会で、わざわざ努力して働いて生きていくことに何の意味があるのか、だんだん分からなくなってきてしまう。

 失礼な口を利かれるのも嫌だし、失礼な人間が社会に一定数存在するのも怖い。

 杏仁豆腐のように柔らかくて繊細な私のハートは、切り刻まれてもうグズグズになっていた。


 そして、アルバイトを始めて半年以上経った二〇二三年四月某日、溜まりに溜まったストレスが大爆発を起こした。

 私は友達や家族に悲しみと憤りを打ち明け、SNSで怒りを撒き散らして暴れ回った。失礼な輩を人間型の汚物だと形容し、世の中を出口の無い下水道だと非難して、徹底的に罵詈雑言を並べ立てた。

 それから一人でぼろぼろと泣いた。

 分かっている。私はにぶくて、のろまで、気が利かない。器用でもないし愛想もないし可愛げだってない。でもだからって、軽んじなくても良いではないか。私だって一人の人間なのに。

 ああ、もし私が、気が利いて器用で愛想が良くて、可愛らしい女の子だったら、少しは攻撃されずに済んだのだろうか?


 ここまで考えた時、頭の中で「否!」と力強い声がした。


「お前が攻撃を受け易い最大の要因は、お前がか弱い若年女性であることだ!」


 私はハッとして、涙で濡れそぼったタオルを顔から離した。


「もし他人から侮られたくなくば、強者になることだ! 強者とはつまり、ガタイが良くて顔がイカついオッサンのことだ! 見た目が怖ければ、誰もお前に失礼なことなど言わぬ! お前が傷付くこともなくなるぞ!」


 真理だ、と私は思った。

 傷付かなくて済む。平穏に日々を過ごせる。そうすれば、ひょっとしたら鬱病も快方に向かうかもしれない。それに、この先どこに就職しようとも、怯える必要はなくなる。


 決めた。私は、イカついオッサンになりたい!!


 こうして私は、夢を叶えるべく、道を模索し始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る