第20話 彼女の行方

「久理子は今どこに?」

「見当がつかないよ、保身に走って何か策を企てているのかもしれないな。戦闘が得意じゃないのならば、何かしらの手を打とうとはするんじゃないか~?」

「そうですか……」

「わたしは御覧の通り、うまく動けない。きみに仕掛けることもできず、弱っている。今ならきみはわたしを倒せるわけなんだが、どうする?」

「別に。倒しませんよ」

「おや、何故だい?」

「仕掛けてこないなら、別にこっちも仕掛けない。ただそれだけです」

「そうかいそうかい。紳士だねえ、嫌いじゃないけど好きでもない。けれど、これから好きになれそうだ。愛し合おう」


 言下に舌舐めずりをする立花さん。


「それはちょっと……」


 嬉しそうに、というより面白そうに立花さんは微笑を更に深めた。

 紳士だねえ、なんて言って俺の肩をぽんぽんと叩く。


「ま、わたしとしてはきみの討伐をあきらめたわけじゃないんだけどね」

「そこは諦めてくださいよ」

「嫌だよ、金になるんだし。でもまあ、しばらくは仕掛けないであげるよ~」

「それはどうも、ありがとうございます」


 ならばこちらとしてもしばらくは身構えなくて済む。

 気疲れともお別れってとこだな、よかった。


「そういえば、きみの家も当然調べたのだけど、いやああの結界はなにかね」

「じいちゃん特製の結界です」

「あんなの設置されちゃあ仕掛けられないよ~、なんとかならない?」

「なんとかなったとしてもなんにもしないですよ、自分の安全地帯なんですから」


 立花さんが怪異の専門家としてどれほどの力の持ち主かは分からないが、少なくともじいちゃんよりは下のようだ。

 家にいればとりあえずは安心なのかな。

 ――さて、と。話を戻す。


「久理子のやつ、どうしてるかな……」

「何か目的があっての逃亡のように感じたねえ~。どこへなにをしようとしているのやら」

「うーむ……」


 見当がつかない。

 けど、何か忘れているような気もする。


「あの子は、怪異としてはそれほど強くはないだろう」

「そうなんですか?」

「姿形、記憶に化けることに特化している狐の怪異は、戦闘に関しては得意でないやつが多い」

「へえ……」

「だからわたしにも不意打ちをしかけて、追い打ちはしかけてこなかったんだと思う」

「なるほど。それで逃げた――けど、どこか目的地があって逃げた、となると……」

「どこへ行ったのか気になるね~。守りに入るために、何をしようとしているのかな~」


 どこか楽しそうに語る。


「探してみます」

「ああ、頑張ってくれたまえ。わたしはちょいと休憩するよ。女の子を紹介してくれるとすぐ回復するんだがね~」

「それは無理です」

「世知辛いね」


 そもそも俺が紹介できる女の子自体、少ない。

 紹介できたとしても、しない。この人には絶対に紹介したくないね。


「それじゃあ」

「健闘を祈るよ」

「どうも」


 俺は久理子を探すべく夜の住宅街を駆ける。

 駆けながら、電話もかける。

 電源を切っているのか電話は繋がらない。メッセージを送っても無駄だろうが、一応送っておく。

 既読はつかない。

 あいつがどこへ行ったのかは検討がつかないな……。よし、行きそうなところをしらみつぶしに探すとするか。

 近所の公園、学校、家の近くの川――一つ一つ、探してみる。

 しかし、久理子は見つからない。


「一体どこに行ったんだあいつ……」


 小鳥遊さんの家にも行ってみた。

 家の前には誰もいない。ひょっとしたら久理子がそのへんにいるかと期待したんだがな。

 小鳥遊さんとは以前に連絡先を交換していたので、それで連絡を取ってみるとした。


『久理子のやつ、小鳥遊さんの家に行ってない?』


 既読はすぐについた。

 それから待つこと数秒。


『ううん、来てないよ? どうしたの?』

『ちょっと久理子を探してて』


 返信も早い。小鳥遊さんってスマホのチェックはすぐにするタイプかな?

 今の状況では、助かる。


『わたしも探そうか?』

『いや、いいよ。大丈夫、それじゃ、またな』

『うん、またね』


 小鳥遊さんは最後には可愛らしい猫のスタンプを送信して会話を終える。

 その場を離れて、次は久理子の家へと向かうとした。

 久理子の家に行くのは久しぶりだ。

 いつもあいつのほうからやってくるから。しかし、この懐かしい記憶も、久理子によって捏造されたものなのだろうか。

 幽霊十字路を過ぎて別区――南陸区へと移動する。

 南陸区は街と住宅街がある。住宅街を過ぎればボウリング場やらゲームセンター、大型スーパーなどが点在している。俺は普段、近くのスーパーにばかり行っているから南陸区にはそれほど行く機会はない。足を踏み入れるのはこの前久理子に料理を作ってやった以来か。

 南陸区の住宅街に入る。

 夜というのもあって静謐が居座っている。

 俺の足音ばかりが目立つ。

 誰か人がいる気配は、特にない。

 時々足音が聞こえるものの、見てみれば帰宅中の会社員ばかりだ。

 久理子の自宅へと到着した。

 そこらの家と変わらない一軒家。

 家の照明はついている。

 こんな時間にチャイムを鳴らすのは何なのだが、状況が状況なので致し方がない。

 俺はチャイムを鳴らした。

 ピンポーンと、家の中から聞こえるチャイム音。


『はーい、どなたー?』


 インターホンから女性の声が聞こえてくる。

 久理子のお母さんだ。


「どうも、羽島です」

『あらー、冬弥くん、久しぶりねーどうしたのー?』


 喋り方は久理子によく似ている。

 語尾を伸ばす感じが、特に。


「久理子に用があって」

『……それがね、あの子ったらまだ帰ってきてないの』

「どこへ行ったか分かります?」

『てっきり羽島くんの家にいると思ってたわー。そうじゃないのなら、ちょっと分からないわね……やだ、心配だわ!』

「探してみます」

『ありがとう、お願いする。わたしも探してみるわ!』


 家の中からドタバタと音が聞こえる。

 足音が玄関まで近づき、玄関の扉が勢いよく開かれた。

 エプロンを後方へと脱ぎ捨ててやってきた久理子のお母さんだ。


「こんばんわ! 冬弥くんー!」

「こんばんわ、その、もしかしたらすぐ見つかるかもしれませんし、家で待っていてもらっても構いませんよ」

「そ、そう……? でも、何か事件に巻き込まれでもしてたら……」

「あいつなら、きっと大丈夫です」


 逃亡はしている。

 事件に巻き込まれそうになったから。


「絶対に俺が連れ戻してきます」

 余計な心配はかけたくない。

「何かあったら、連絡を頂戴ね。すぐに警察なり何なり連絡するからー!」

「はい、分かりました」


 久理子のお母さんとはそこで別れ、俺は再び足を進める。

 しかしどこへ足を進めるべきだろう。

 久理子は、家にもいなかった。

 どこにいるのか、見当がつかない。

 ただ只管に俺は南陸区をうろつく。時間だけが過ぎていく、焦燥感がじわりじわりと心の中に染みついてきた。

 ――あいつはこのまま姿を消してしまうんじゃないだろうか。

 そんな考えが、心を突いてくる。

 彼女の名前を叫びたい気持ちに駆られながらも俺は足を進める。

 思い返していく久理子との思い出。

 それらが全て、彼女が怪異であり、彼女の能力によって捏造されたものだというのは――未だに信じられずにいる。

 本人に聞いて、確かめたい。

 久理子。

 今、お前はどこにいるんだ?

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