第13話 襲撃、再び
じいちゃんとの会話を終えて、自宅へと到着する。
一応、準備はしておかなけれな。
俺は物置部屋へと足を運ぶ。
扉を開けるや埃っぽさが咳を誘う。
奥へと進んで先ずは窓を開けた、この部屋には中々足を踏み入れないので、入ったら先ずは換気が必要だ。
「どこだったかな」
左右にはいくつも重なる段ボール箱。それらをかき分けていく。
やや埃のかぶった箱を見つけた。埃を払って、箱を開ける。
じいちゃんからもらった道具がちゃんと入っている、よかった。
おふだにお祓い棒こと大幣、清めの塩に清石という石、他には名称も詳しくは分からないものまである。
おふだがあれば、とりあえずは十分かな。
じいちゃんの道具はどれも一級品、おふだは特に効果が絶大で結界を張ったり対象に張って祓うのも可能だ。正直、こまごまとした道具よりもおふだで充分こと足りる。
「あとは小鳥遊さんのほうだなぁ……」
部屋から出て、自然と出る小さなため息。
大丈夫かなぁといった意味が込められている。
やっぱり彼女の家にでも行って行動を起こすべきか?
……まあまて、焦るな焦るな。
そんな葛藤が脳内で繰り広げられている。
「こういう日は、そうだな……気分転換に、悪さをしてる怪異を狩りにでもいくか」
また幸鳥が俺を襲ってくる可能性もあるが、それならそれで、色々と対処してみよう。
ということで、着替えをしてそそくさと家を出る。
時刻は四時過ぎ、晩飯の時間まではまだ十分に時間がある。
ここ数日はコウトリバコにかまけていて怪異狩りをしていなかった。
俺の知らぬ間に怪異が周辺に潜んで野良猫らを襲っていなければいいが。
先ずは身近な家の周りから見ていく。
怪異は、身近なところに潜んでいる。一般人には見えないだけで、本当に、すごく近くにいたりもする。
「この前の怪異は……川の近くにいたんだよな」
この前の怪異――ってのは、あれだ。姿揚げにしたあのとげとげしい魚の怪異。
名前は分からないんだよな。
棘魚とでもしておこうか。
もし見かけたら、また捕まえよう。
ご近所さんに挨拶をしつつ、脇道に入る。
脇道は野良猫たちがよくいる。何匹かは俺を見ても逃げ出しやせず足にすりすりしてくる。猫はいいね、とても可愛い。
猫たちと少しじゃれてから、再び足を進める。
徒歩三分ってとこの距離にて、青柳川に到着。
二メートルほどの高さののり面、そして横幅二メートルほどの小さな川だ。水は透き通っていて綺麗で、魚が泳いでいる。
棘魚はこの川を拠点にしていた、今はぱっと見ではあるが、棘魚の姿はない。
群れで行動するタイプの怪異ではないのだろう。となれば俺が食べた奴がここにいた唯一の棘魚だったのかな。
悪さをする怪異がいないのならばそれはそれでいい、川に沿って散歩でもするとしよう。
時折聞こえるちゃぽんといった魚の跳ねる音を聞きながら、観察する。
怪異が混ざっていやしないか。じっくりと。
夕焼けに照らされた青柳川は、もはや一つの芸術だね。
学校の課題で絵を描いてこいと言われたら迷わず青柳川を描くだろう。
しばらく歩いていると釣りをしている少年らを見かけた。
魚はまだ釣れていないらしい。釣れたらどうするのだろう、食べるのかな?
少年らを通り過ぎて、またしばらく歩く。
そういえば、こんなほのぼのとした時間を過ごしていると、久理子のことを思い出す。
あいつは何かと怪異に絡まれるやつだった。
とある記憶の中の久理子は、今日のようなほのぼのとした時間に、獣の怪異に襲われていた。
野良犬と間違えたんだそうだ。
おかげで獣の怪異にさんざん追い掛け回されて、たまたま通りかかった俺がその怪異を追い払った。
正直のところ、その怪異を捕らえて食べてみたかったが、久理子にひしっと抱き着かれたおかげで捕らえ損ねてしまった。
あれ以降あの怪異は見ていない、どこか遠くへ行ってしまったのかもしれない。
「しっかし……思った以上に怪異がいないな」
それはそれで別にいいのだが。
魚の怪異や鳥の怪異、獣の怪異、どれでもいいから遭遇したかった。ああ、ちゃんと悪い怪異だからな。
なんでもかんでも食うわけじゃあない。俺にだってその辺の線引きはあるし好みだってある。
「今日は不作か」
その辺をぶらついて、帰るとしよう。
「ひょえ~!」
どこかから聞こえる、聞き覚えのある声。
すぐ近くだ。
俺は周囲を見回すと、脇道から少女が――というか、久理子がすっと出てきた。
目の前を通り過ぎて、俺の進行先を駆け抜けていく。
その久理子の後ろを追いかけるや獣の怪異。いつか見た、名も知らぬ怪異だ。
デジャヴ。というのは、こういうのを言うのだろうね。
「久理子!」
「ひょーっ⁉」
驚きながらも後ろを振り返る久理子、しかし足は止まらない。
そのため、俺も久理子を追いかけるとした。
「何やってんだよ!」
「いやー、犬と怪異を間違えちゃったー!」
「またかよ!」
「まただよぅ!」
獣の怪異はガチンッガチンッと噛む仕草をして久理子の、主に尻あたりを追っていた。こいつにとってはさぞかし美味そうな尻なのだろう。俺にとっては美尻。
それはいいとして。
獣の怪異に追いつき、頭にチョップを食らわせた。
「ぎゃうんっ」
見た目は大型の黒い犬。
しかしながら四ツ目。それが普通の犬とは大きく違う。
獣の怪異は足を止めて、標的を俺に変更する。
ぐるるると低く唸り、威嚇してくる。
こっちもぐるるると唸って両手を広げて威嚇し返してみる、効果のほどはいかほどか。
この怪異は低級の怪異だろう。
じいちゃんに聞けば名前も分かるかもしれないが、とりあえずワンコって名付けておこう。
「お助けを~!」
久理子は俺の後ろへと隠れる。
「さあ、かかってこいワンコ!」
「やっちゃってくだせぇ兄貴!」
俺が加勢したとなるや強気にでる久理子。
ワンコは久理子を睨んでは唸り声をあげる。
「ひょー……こわっ、こわっ……べろべろヴぁ~!」
「そんなに挑発するんじゃないよ久理子」
「あいあいさー!」
さあてどう対処しようか。
先ずは一定の距離を取って、相手の様子を窺おう。
敵意は十分にあり、どうしてそうお怒りなのかは知らんがもう少し落ち着いてほしいものだね。
「久理子、こいつに何かしたのか?」
「あのねー、後ろから撫でようとして、怪異だって気づいてびっくりした拍子に体勢を崩して、尻尾を踏んじゃった」
「それは怒るな」
「ですよねー。いかがいたしましょうか兄貴」
「この程度の怪異なら祓うまでもないかもな」
「じゃあ追い払うって感じですかね?」
「そうだね」
「ちなみにこの怪異は食べられるの?」
「どうだろう? 犬っぽいやつとか猫っぽいやつは基本食べないから分からないな」
「そっかー」
言わずもがな、人型も食べない。というか食べたくない。
やはり魚やもう焼けば食べられるだろって感じの獣の怪異に限る。あとは鳥、うん、鳥だね。
俺は足元に転がっている木の枝を手に取って構える。
細くて頼りないけれど何も持っていないよりはマシだろう。この怪異も唸るだけで襲ってくる気配はさほどない。
おそらく怒りは徐々に治まってきているのではなかろうか。
となれば時間稼ぎをすればいい。
近づいてくるたびに後ずさり。
ガチンッと歯を鳴らすたびに木の枝を振って軽くけん制。
しばらくして、ワンコは足を止めて唸るのみとなった。
こうなったら、様子見するだけでいい。
決して目は逸らさず、いつでもやれるぞという姿勢だけは見せておく。
するとワンコは後ろを向いて去っていった、ようやく怒りも治まったようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
俺の背中にも安堵の溜息が当たる。
「いやー助かったよ」
「学校帰りか?」
「うんっ、葵と一緒に帰って、その後ぶらぶらしてたー」
「小鳥遊さんの様子はどうだった?」
「なんだかあんまり元気がなかったよ、神妙な面持ちというやつを浮かべてたー」
「そうか」
「冬弥はどうしてここにー?」
「食材の怪異を探しててな」
「なるほどー。成果のほどは?」
「いんや全然」
ワンコがうろついていたしこのあたりの怪異は騒がしいのを嫌がってどこかに行ってしまったかもしれない。
魚の怪異はどうだろう。一応釣り糸を持ってきているから、木の枝にくくりつけて即席釣り具を作って釣りに興じてみるか?
とりあえず簡単な釣竿を作る。
「釣りするの?」
「ちょっとだけな」
「じゃあわたしも見てようかな」
「どうぞどうぞ」
餌はつけない。
魚の怪異を見かけたら、釣竿を操って口に引っ掛けるようにするつもりだ。
まあ釣れるかは、分からんところだが。
それよりも、小鳥遊さんのほうが気になって仕方がない。
「心ここにあらずー」
「えっ?」
「葵のこと考えてた?」
「まあ……正直、な」
「これは恋に違いない」
「そういうんじゃないって。色々考えてたの」
「へー、色々ー?」
「そう、色々」
ふとその時。
川の向こう側にて。
すたんっ、と何かが着地した。
「ん?」
「んー?」
二人して、音の鳴るほうを見やる。
翼が羽ばたく音が聞こえる。
向こう側、数メートル先にて。
――小鳥遊さんが、立っていた。
それも、昨日と同じ状態の小鳥遊さんだ。違いがあるとすれば、彼女が制服を着ていることくらい。帰宅して早々に幸鳥に取り憑かれたのだろうか。
「おいおい、マジか!」
「あ、葵……?」
「あれが幸鳥に取り憑かれてる状態だよ!」
「ひょえー!」
そのうち襲ってくるかもとは思っていたがまさかの連日とはね。
夕焼けによって神々しく見える。黒い翼は、カラスの王かのような神々しさ。
さて、第二ラウンドといったところだろうか。
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