第12話 欲深い
怪異に襲われるという体験は、いつ以来になるだろう。
ここ数年は俺が襲う側だったから、しばらく昨日のような体験は忘れていた。
襲われるのってあんまり、いい気分ではないよな、自分が襲うのはいいんだけどね。食材調達、ただそのためだけであって。うん。
今後とも幸鳥は俺を襲ってくるのだろうか。立花さんには苦手意識なるものがありそうだったから、困ったら立花さんを頼るか?
……いやあ。
…………うん、あんまり頼りたくはないよなあ~。
さてさて。
小鳥遊さんは大丈夫だろうか。
一先ず、今日は警戒しながらの登校。
とはいえ人目につく中で幸鳥も行動を起こすとは思えないが念のためだ。
久理子には朝から怪訝な顔をされた、そんな顔も可愛いよ。
まあそれはいいとして、気になるのは小鳥遊さんのほうだ。
登校の途中にて、彼女の姿を探す。
見つけた小さい背中。
以前見た時よりも、元気のない背中。
彼女の両手には絆創膏がいくつか張られていた。あの爪攻撃――小石などが引っかかって切ったのかもしれない。
「葵、なんだか両手怪我してる」
「ああ、そのようだ。色々あったんだろう。色々」
そう、色々あった。
彼女の記憶には、昨日の戦闘は残っているのだろうか。
怪異に取り憑かれていた状態であったから、流石に記憶には残っていないか。
となると身に覚えのない怪我――そのことにきっと、不安にかられていることだろう。
どこかのタイミングで、彼女に昨日のことを話すとしよう。
怪異関連となると、やはりクラスメイトには聞かれない場所でのほうがいい。
であれば、だ。
「なあ久理子」
「なんですかいー?」
「昼休みにさ、小鳥遊さんを屋上に誘ってくれないか?」
「お安い御用だよー。誘いこんでやるぜぇ」
「誘いこむのはやめてほしいかな、獲物じゃないんだから」
「えーものではあるんですがねー」
「えーものですか」
乳をばいんばいんと揺らす仕草をする久理子。
確かにあれは、えーものだ。
とりあえず午前中は授業をきちんと受けつつ、時々小鳥遊さんを遠目で観察。
彼女は相も変わらず顔色が悪い。
クラスメイトの何人かにその怪我はどうしたのかと彼女は聞かれていた、たいしたことない――ちょっとね――そんな言葉を多用して誤魔化していた。
幸鳥め、女子の綺麗なお手々に怪我をさせるなんて許せねえぜ。
……幸鳥は食えるのかな。
鳥というからには、多分、まあ、食えるんじゃないだろうか。
小鳥遊さんに取り憑いた状態なら駄目だけどね。きちんと姿を現した時は、見ていろよ。
ちゃんと締めて、部位のいいところをさばいて、うーん……鳥……とり……唐揚げ、親子丼、パリパリチキン、オムライス、エトセトラ。
唐揚げは――今日の弁当だ。うん、となれば親子丼かなー?
それは、その時になったら考えよう。
その時とは――やつを仕留めた時だ。
それから暫しの時間が過ぎて昼休み。
「両手の怪我、大丈夫?」
「う、うん……ちょっと切っちゃっただけだから」
「土曜日のこと、何か憶えてない? 俺と別れた後のことなんだけど」
「土曜日……?」
「憶えてない、というか。何も憶えてない時間が……あるの。気が付いたら、両手を怪我してて……」
やはり憶えてないか。
「そうか……」
「羽島くんは何か、知ってるの?」
「ん、まあな。とりあえず飯食うか」
「あ、うん」
三人で屋上の真ん中あたりに座り、弁当を広げる。
腹の虫が騒いでいる、唐揚げはいい、嫌いなやつなんて聞いたことがない。久理子は鳥そぼろ弁当か。小鳥遊さんは唐揚げやウィンナー、卵焼き入りののり弁当、豪華だね。
三人でもぐもぐと咀嚼する。
昼休みのこの時間は至福のひと時である。
お茶を口の中に含み、喉へと優しく流しこんだ。
早速本題に入るべきか、それとも世間話の一つでもするべきか。彼女の顔色を窺うと、本題にはすぐに入ってほしそうな、懇願じみた目をしていた。気になって仕方がない様子。
もう少し咀嚼タイムがあってもいいだろうが、まあ、いいか。
「土曜日の夜、きみに襲われた」
「わたしに……?」
「はわわっ」
短いこの言葉に、久理子も流石に箸を止めて聞き始めた。
別に俺達のことなんか気にせず飯を食え飯を。
「きみは幸鳥に取り憑かれた状態で記憶はなかったろうけど、翼が生えて鳥のように空を舞ってたよ」
「そ、そうなの……?」
「そんで俺を攻撃する際にその手を怪我したんだ」
「攻撃⁉ 羽島くんは大丈夫だったの?」
「御覧の通り、ぴんぴんしてるさ」
「そう、よかった……」
小鳥遊さんは胸を撫で下ろしていた。
優しいね、惚れてしまいそうだぜ。
「ご、ごめんなさい……」
「気にしなくていい、きみのせいじゃない。幸鳥がやったことだ」
「そうそう。それに冬弥はちょっとやそっとじゃあ死なないから心配するだけ損だよぅ」
「おいおい、ふんだんに心配してくれよ。俺だって死ぬ生き物だぜ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「ふーん」
ふーんて。
なんだよ、もっと心配してくれたっていいじゃないか。
「わたし、もしかしたら今後また羽島くんを襲っちゃう……?」
「可能性は無きにしもあらずだね、俺がコウトリバコに危害を加えようとすればおそらくは……」
「そう……。ね、ねえ、やっぱり……」
「立花さんには相談なんてしないほうがいいぞ、絶対に体を求められる」
「そ、そうよね……」
「きみさえよければ、俺がなんとかするよ」
「羽島くんが?」
「ああ、コウトリバコをちょいと借してくれればな」
「……」
彼女は視線を弁当箱へと落とす。
箸は進んでいない、考えているようだ。
「コウトリバコを、どうするの……?」
「そうだな、先ずは破壊を試みるよ。そんで、幸鳥が出てくるのを待つ。出てきたら、きっと、戦うことになるだろうな」
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫、とは言えないかもな。でも、あえて言うよ。きっと、大丈夫」
「……少し、考えさせて、もらっていい?」
「ああ、じっくり考えろよ。色々不安だろうし、何が起こるか分からないしな」
それに。
……それに、うまくいったとして、コウトリバコによって得た恩恵がなかったことになるのならば、小鳥遊さんが救われても、彼女の母親は、また倒れてしまう。
その事実を、受け入れるかどうか。受け入れるべきかどうか。
彼女は揺れ動く、大いに、揺れ動くだろう。
今は待つしかない、彼女の決意を。
このままでは駄目なのだ。
コウトリバコにすがる人生は、駄目なのだ。
彼女もそれは分かっているはず。
小鳥遊さんは弁当を食べ終えて、行ってしまった。
一人で考えたいのだろう。
「どうなるかなー」
「さあてねえ」
昼休みが終わり、授業中は彼女の後姿を何度か見た。
心配になる小さな背中。
もういっそのこと、ロッカーをこじ開けてコウトリバコを奪ってしまおうかと、考えてしまう。
しかしここは焦っちゃあいけない。しっかりと待たねば。
放課後、彼女は友人たちと何気ない会話を繰り広げた後に、帰宅していった。脇に挟んで下げる鞄の中には、コウトリバコが入っていることだろう。
帰路についた俺はスマホを取り出して電話をする。
「もしもし、じいちゃん? 今大丈夫?」
『おう、なんじゃい この前の怪異関連の話か?』
「うん、そうなんだよ」
さて、どこから話そうか。
そうだな、先ずはあの箱がどのようなものだったのかということから、か。
俺はじいちゃんに順次説明していった。
――ほう。
――ふうむ。
――ぬぅ。
そんな声で反応するじいちゃん。
説明を終えて、通りかかった自動販売機で飲み物を買って乾き気味の喉へと炭酸ジュースを流しこむ。パチパチとした、いい刺激。
たまに飲む炭酸ジュースは一段と美味い。
『コウトリバコか、ふむ、そのようなものがあったとはな。わしも知らなんだ』
「あのさ、祓ってみようと思ってるんだけど」
『ほう、お前がか』
「まあね」
『やるだけやってみればいい。わしがやった道具は持ってるか?』
「持ってるよ、大事に管理してる。おふだは一枚なくなったけど」
立花さんにあげてしまった。
まあ、問題はないだろう。あのおふだは悪用なんてできないし。……問題ないよな? 悪用されないよな? 不安になってきちゃったよ。立花さんの悪戯な笑みが脳裏を過ぎるよ、ちょっと、うん、ちょっとだけ心配だ。
『相手は神さんじゃないんなら、大丈夫じゃろう。わしの道具は一級品じゃからな』
「ああ、説明した例の専門家もおふだを欲しがるくらいだもんね」
『そうじゃろうそうじゃろう』
じいちゃんは言下にくっくっくっくっと嬉しそうに笑みをこぼしていた。
専門家が自分の道具を欲しがるというのはよほど嬉しいらしい。
『しかし大丈夫かいな』
「大丈夫じゃないかな、多分」
『いや、お前さんのことじゃなく、その女子のことじゃ』
「小鳥遊さん?」
『またコウトリバコに何か願ってなければいいが』
「どうだろう……?」
考える時間を与えたものの、考える内容は――違うかもしれない。
もしかしたら、最後に何か願おうと、考えている可能性だって考えられる。
けれども小鳥遊さんも代償は痛いほど分かっているはず。大丈夫――だと、信じたい。
『人間はな、欲深い生き物じゃぞ』
「彼女はそうじゃないことを祈るよ」
『その祈り、無駄に終わらなければいいがのう』
人間は欲深い、か。
もし俺がコウトリバコを手にしていたら、どんなことを願っていただろう。
……父さんのこと、かな。
死者を生き返らせることは、可能なのだろうか。……いや、流石にコウトリバコでもそれは無理か。うーん、ここはそうだなあ……高級食材が欲しいな。それくらいなら叶うだろう。
『お前はコウトリバコを使おうなどとは思うなよ』
「つ、使わないよっ」
『そうか、それならよいが』
どこか見透かされている気がする。
ちょっとした誘惑が、心を突いてくるのだ。うーん、人間って欲深い。
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