第10話 エビフライ
ところ変わって久理子の自宅に到着。
久理子の両親は多忙のために家を空けることが多い。
そういう日はこうして料理をしにいくわけだが、俺としては趣味を発揮しているだけなので満足である。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ」
中に入り、台所へ。
今日買ったものを広げて、久理子に渡していくつかは冷蔵庫に入れてもらった。
「よし、解凍するか。解凍している間にやることやろう」
「かしこまり!」
かちんこちんの海老は塩水を入れたボウルに投入してしばらく放置。
「先ずはキャベツだ」
「キャベツかぁ」
面白くもなさそうといった感じで表情をしかめる久理子。
まあ、キャベツの千切りなんて見てても楽しくはないかもしれない。
キャベツを取り出して、全体を見るとする。
「うまそうなキャベツだ」
「そうでっかぁ」
「なんだ、キャベツ嫌いか?」
「好きでも嫌いでもないかなー」
「今日から好きになれ」
「努力するよぅ」
キャベツをひっくり返して、根本のほうに切れ目を入れていく。
「それは何してるの?」
「外側の乾燥した葉があるだろ? それを今から剥がしていくのさ」
「ほほう」
「葉と葉の間に水滴があるのが分かるか? この下の葉から使ったほうがいい。みずみずしいぜ」
「うぉぉ、キャベツがみるみるうちに美味しそうに見えてきた」
「美味しいんだよ、実際」
外側の葉を剥がして、みずみずしい葉があらわとなったところで流しに持っていく。
「芯の部分はごしごしとたわしで洗って泥を落として、次に水を流して――と」
葉元に切れ目を入れて、水圧で葉を剥がしていく。こうすることで綺麗に葉を取ることができるのだ。
隣からは「おおぉ~」といった声が聞こえてくる。
是非とも俺の真似をしてキャベツを綺麗に処理できるようになってもらいたいね。
とはいえだ。
「まあこれはネットで見たやつの受け売りなんだがな」
「そうなんだ?」
「今はプロの料理人がネットで動画を出す時代だからな。探せばいっぱいあるぜ」
「わたしも見てみるかなー」
いい時代になったものだ。
あまりネットが普及していなかった頃はさぞかし料理の知識を集めるのも大変だっただろう。いい時代に生まれたもんだぜ俺よ。
「よし、次は葉脈の軸を切り取って、キャベツを丸めて、繊維に対して垂直に切って……と」
トントントントントン、と。
リズムよく切っていく。
「いつ見てもお見事なお手前ですなー」
「それほどでもないよ」
ふふっ、照れますな。
そしてキャベツは水にさらして準備はオッケーだ。
「おお~、ふわふわだ~」
「どうだい、葉脈の軸も薄切りにして……こいつらをザルに入れて、おっと、冷水を用意してくれ」
「あいあいさー」
久理子にボウルを渡す、久理子は水と氷を入れてそこへ俺はザルを投入する。
「冷水に一分ほどつけてオッケーだ」
「うぉー、美味しそう!」
「続いては味噌汁を作ろう」
「作ろうー」
みそを取り出し、鍋に水を入れる。
顆粒和風だしがあったのでそれも小さじいちほど投入。
「具はどうしようか」
「豆腐あるよ~」
「おっ、いいね。じゃあ豆腐にしよう」
「あいあいさー」
久理子は冷蔵庫から豆腐を取り出して俺に手渡す。
豆腐をパックから出して、包丁でサイコロ状に切って投入。
「味噌汁はこれでよし、と」
「味噌の香りがたまりませんな~」
それからほどよく時間を経過させて、海老が解凍されるのを待つ。
いいところで、海老の処理を開始だ。
「ではでは、海老の処理を始めましょうか」
「よろしくお願いしますぅ」
「殻を剥いて、背中に切れ目を入れて背ワタを取って、腹には関節部分に包丁を横に入れて、尻尾はこの棘っぽいのを取って、尻尾の先端は切る、と」
「ふむふむ」
「そんでもって片栗粉をまぶして、水に流せば――」
「おおー、汚れがいっぱい!」
「あとは衣をつけて揚げればいいだけだ」
「テンション上がってきた!」
鍋に油を投入して熱する。
待っている間は会話でもしようじゃないの。
「……なあ、コウトリバコをなんとかできたとして、さ」
「うんうん」
「そしたら小鳥遊さんのお母さんがまた倒れるってなったら、お前なら……どうする? それでもコウトリバコを、破壊……しちまうか?」
「わたしなら、うーん……」
久理子は少しだけ考えて、
「破壊しちゃうね! そりゃもうぐっしゃんぐっしゃんに!」
「そうか」
「だってさ、葵……日に日に体力も落ちてるようなの。見てられないよぅ」
体育の時間も休憩をしていた。
コウトリバコに関わり続ける限り、彼女が活発に運動する姿は拝められないんじゃないだろうか。
彼女が倒れてしまってからでは遅い。
早いうちに対処したほうがいいよな。
「葵が死んじゃったら元も子もないしさぁ」
「ん、だよな」
久理子は不安そうに、俺の服の袖をきゅっと掴む。
大丈夫? と目で語り掛けてくる。
「やっぱり小鳥遊さんからコウトリバコを引き離すべきだったかなあ……」
「今から奪いに行こう!」
「今からはちょっと無理かなぁ」
「ですよねー」
時間も時間だし。
すんなりとことが進むわけもないし。
エビフライを揚げる時間でもあるし。
それより焦らず冷静に計画を立てていったほうがいいだろう。
ではでは、エビフライのほうに戻りまして。
菜箸の先端を油へ入れて、ふつふつと先端が泡立っているのを確認してから俺は海老を投入する。
じゅわぁぁぁあっと、いい音が聞こえる。食欲をそそる、とてもいい音だ。
「今後の作戦なんかはあるのかい?」
「ん~……とりあえずまた小鳥遊さんと話をするってくらいだな。じいちゃんにも相談しなくちゃ。あとはコウトリバコをどうにか破壊して、怪異を祓えれば、いいけど」
「うまくいくといいね」
「うまくやってやるさ」
「ありがとう、期待してる。それと怪異専門家のほうは、大丈夫なのー?」
「……多分、大丈夫だろ。あくまでも連絡を待つ感じで、関わってくる気はあまりなさそうだったしな」
皿を出しておく。
水切りしたキャベツを乗せて、マヨネーズをぶにゅり。
その上にミニトマトを置いて準備は万端だ。
続々と揚がっていくエビフライたち。
いい感じのきつね色だ。パチパチと揚げたての心地良い音を鳴らしている。
「冬弥も一緒に食べよう!」
「いいのか?」
「うん、いいよいいよー!」
「そうか、ありがとよ。じゃあ俺の分も揚げよう」
こいつは嬉しいね。
とうのもエビフライ、大好物なのだ。さっきからもう涎が出て仕方がなかった。
俺の分の皿も出してエビフライを乗せていく。
エビフライと味噌汁を食卓へと持っていき、さああとは食べるだけだ。
久理子は満面の笑みを浮かべて、箸を手に取った。
俺も釣られて笑みが浮かぶ。
「いただきまーす」
「いただきます」
久理子に倣って両手を合わせる。
今日はちょっと早めの晩御飯。
食卓には久理子と二人。まるで新婚夫婦のような、状態。ふふっ、なんてな。
「さて、お味のほうは」
「――美味しいよぅ! 海老の旨味がふんだんに出てるし衣はさっくさく!」
「そうか、よかった」
久理子はその小さな口で大きな一口をもってエビフライを食していた。
満面の笑みが、更なる満面の笑みへと昇華する。見ていてとても気分がいい。
俺も食べるとしよう。
一口、ぱくりと食べるとさくっと衣のいい音が聞こえる。タルタルソースに絡んだエビフライは口の中に旨味と甘みを広げていく。
やっぱりエビフライは、最高だ。
「うまいなっ」
「うまいねぇ」
「野菜もちゃんと食えよ」
「あいあいさー」
キャベツの千切りもうまくいった。
ふわっふわなキャベツは食べやすいし、食感はシャキシャキしていて実に美味しい。
久理子は追いタルタルまでやってやがる、俺もやろう。
タルタルソースも最高だ。
途中途中で味噌汁も口に運んで味噌のうま味をふんだんに味わう。
ああ……とっても幸せ。
そうして楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「ぷはー、ご馳走様ー」
「お粗末様でした」
きちんと後片付けもすべく皿を洗う、料理は皿洗いまでというのが家訓。
「今日は料理作ってくれてありがとね」
「いつでも頼れよな」
「うん、またお願いするねっ」
洗い物も終わり、一息つくべく食卓に座る。
「お疲れ様ー」
そこへすっとお茶が差し出された。隣で何かやってるなと思ったらお茶を淹れてくれていたのか。
「おう、ありがとう」
「いえいえこちらこそ」
お茶をすすり、まったりする。
ますます新婚の雰囲気ってやつ。俺達そろそろ結婚しようか、あっ、年齢的にまだ駄目か。残念。
「さて、そろそろ帰るか」
「えっ、もう帰るの?」
「次はうちで晩御飯作らなきゃいけないからな」
「それなら仕方ないねえ」
俺の家庭事情を分かってくれているので引き下がるのも潔い。
久理子から頂いた夏美へのお土産であるお菓子を抱えて俺は玄関へ。
「じゃあまたねー」
「おう、またな」
幼馴染に手を振られて家を出るというこのシチュエーション、実にいい。
ちょっとした幸福を得て久理子の家を後にした。
時刻は六時半を過ぎたあたり、今から帰って七時前には夕飯の準備をして食べるといった感じか。いつもは七時前には夕飯を食べるのだが、ちょい遅れといったところ。
たった数分、これくらいならばまあ許してくれるだろう。お菓子もあるし。
さて、明日からはコウトリバコについてまた考えるとしますか。
それにしてもこのあたりは夜になるとひと気がまったくないな。
住宅街だっていうのに、なんというか、閑静もいいところだ。
そうして歩いていると、妙な感じが、した。
背中をつつくかのような、ちょっとした危険信号。
この感じは……呪力? 呪力が漂ってる?
ふと、街灯の光がちらつく。
ここから三つ目の街灯もまた、光がちらついていた。
その上――街灯の上に何かいるような。
翼の生えた、人型の何か。
見間違いではない、確かに人型の、翼の生えた何かがそこにはいた。
「なんだ、あれ……」
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