第9話 トマトについて
小鳥遊さんの家を後にする。
正直言うと、心配しかない。コウトリバコは、彼女に預けてしまった。強引にでも持ち帰ったほうがよかったかもしれないと今更ながら思った。
「どうしたのさ、浮かない顔して」
ふと目の前に現れたのは――久理子だった。
いつもの細目で、俺を見てはにんまりと笑顔を作る。
「久理子か」
「久理子だよ」
「何してるんだ? こんなところで」
「散歩」
「散歩か」
「そうそう。よかったら一緒に散歩しない?」
「そうだな、しようか」
「よしきた」
てなわけで、久理子と肩を並べて歩き出す。
目的地は決めていない、久理子より少し遅く歩いて進行方向は彼女に決めてもらうとしよう。
それにしても。
久理子の私服姿。
結構貴重な気がする。
青の半そでパーカーにショートのジーパン。よく似合っている。
「もしかして……葵のことで何かあったの?」
「いや、なんつーか……うん、そうだな、小鳥遊さんのことでちょっとあった」
「なにかやばいことあった⁉」
「やばいっていうか、心配って段階かな」
「そうなんだー……」
久理子は心配そうに二つの眉間を八の字に曲げる。
表情が豊かで退屈しない。
「そういえば、さ。昨日、あの怪異専門家と話してきたよ」
「どうだった?」
「それなりの収穫はあった。あの箱、コウトリバコっていうらしいんだ」
「コウトリバコ? ん、なんか似たやつを聞いたことある、そう、あれ、コトリバコ! コトリバコじゃなくて?」
「うん、コトリバコじゃなくてコウトリバコ。そんで幸鳥っつぅ怪異が憑いてるんだと。幸せを盗むで幸盗り、とも言うし幸せに鳥で幸鳥とも言うとか」
「へ~。幸せを盗むねぇ? それで、幸せを盗んであの子のお母さんは元気になったってわけかぁ」
「そういうこった。それでだけどよ、その後に小鳥遊さんと話をしたんだが……小鳥遊さんはコウトリバコを手放したくはないっぽいんだ」
「ん~……願いが叶う箱は誰だって手放したくないよね」
「まあそうだけどさ。何よりコウトリバコには依存性もあるらしいんだよ」
「それは大変だ……!」
「大変だよ」
久理子は口に手を当ててあわわと慌てる。
リアクションが可愛い。
「でもあの箱、絶対よくないんだよね?」
「よくないな」
「じゃあ、なんとかして……くれる?」
「ああ……なんとかする。幼馴染の頼みとあっちゃあなんとかするしかないだろうよ」
「やたー。あ、そういえば今日ね……うち、両親いないんだ」
「そうか。ということは……」
「うん……」
久理子は上目遣いで俺を見てくる。
両親が今日は家にいない。
となると、やることは一つだ。
「――料理作ってやるか」
「お願いします冬弥様ぁ!」
そう、料理だ。
俺はスマホを取り出して夏美にメッセージを送る。
晩は少し遅れる、と。
この後は久理子の家で料理をして、終わったら家に帰ってまた料理。ふふっ、今日は料理尽くしだ。料理をするのは本当に楽しい。
久理子の家は幽霊十字路を過ぎてしばらく住宅街を歩いた先にある。俺の家とはそれなりに近い。徒歩十分程度の距離。
夕飯にはまだ早い。
先ずは久理子の家を通り過ぎて、スーパーへと向かう。
いつもお世話になっている井上屋とは違うスーパーにする。方向的に、近いほうを選ぶ。
「料理長さん、今日の献立はどのようなもので?」
「んー、お前は何を食べたい?」
「むむむ、わたしですかい。わたしはそうですなぁ……エビフライ!」
「エビフライか、ちょっとお値段いつもよりかかるけど大丈夫か?」
「お金のことなら心配ご無用!」
久理子は胸を張ってそう言う。
晩御飯代は潤沢といったところ。
スーパーふじやまは、住宅街を抜けた先に建っている。所謂大手スーパーというもの。
品揃えはもちろん豊富でよく利用させてもらっている。
「先ずは冷凍の海老を見ますか」
「見ますかー」
カゴを手に取って冷凍コーナーへと足を運ぶ。
エビフライに使う冷凍の海老は中サイズから大サイズの殻付きを使うのがいい。
ワンパック十二本ほどでお値段は六百円前後。
普段はそうやすやすと手を出せるしろものではないがお金は久理子持ちだ、カゴへひょいっと入れちゃうもんね。
「うーん、美味しそうな海老だねー」
「ああ。帰ったらすぐに解凍してエビフライにしてやるぜ」
「あ~、楽しみすぎてよだれがっ」
じゅるりと久理子。
「付け合わせの野菜もほしいな」
「えー、野菜はいいよー」
「わがまま言うな。家にキャベツとミニトマトはあるか?」
「確かなかったような」
「じゃあ買おう」
「いたしかたなしー」
「しかたなくないし」
キャベツ美味しいよキャベツ。
千切りにしてふわっふわっなキャベツを味わわせてやるぜ。ドレッシングをかけて、その上にミニトマトを乗せる、うん、完璧だ。
野菜コーナーへと行く道中にてタルタルソースを購入。
手作りもいいんだけど、なんだかんだで市販に行きつく。安定を購入しているのだ、安定を。
「みそはあるか?」
「みそはたしかあったよ」
「なら買わなくていいな」
「お菓子は買うべきかなー」
「お菓子か、三百円までだぞ」
「んもー、遠足じゃないんだから」
とたたっと陽気な足取りで久理子はお菓子コーナーへ。
女子ってお菓子好きだよな。
俺も好きだけど。
久理子はスティックチョコとスナックを持ってきては嬉しそうな笑みを浮かべてカゴへと入れる。
「少し多いような」
「夏美ちゃんにお土産として持たせてねー」
「ああ、なるほど。ありがとな」
「いえいえ、どういたしまして」
野菜コーナーにてキャベツとミニトマトをカゴに入れて、買い物は終了だ。
「そういえばミニトマトとプチトマトの違いってなにー?」
「プチトマトはそもそも、確か品種だったかな。しかも今はもう売ってなかったような。どこを見てもミニトマトしかないだろ?」
「あ、確かに」
「トマト農家の努力の結果、美味しいミニトマトがいっぱい出てきてプチトマトは次第に消えていったわけさ、けれどもミニトマトの火付け役として忘れないでもらいたいよな」
「むっちゃ早口で語る」
料理をする身としてはこういった些細なことが気になって調べて知識が蓄えられていくのさ。
一つ知識を披露できて満足だ。
「さて、材料も全部そろったな、行くか」
「行きますかー」
会計を済ませてスーパーを出る。
時刻は夕方五時過ぎ、今から海老を解凍してエビフライにするとなるとまあ六時くらいか。ちょうどいい時間だ。
「あっ」
数歩ほど歩数を刻んだところで、久理子がふと声を漏らした。
彼女を見やり、視線を辿ると――進行方向にて何か、黒い何かが、目に入った。
小さな、黒い球体の何か。
よく見れば四肢がある、細い四肢だ。蜘蛛の足のような関節で、その黒い何かは横切っていく。
「怪異か」
「食べれる?」
「無理そう」
見た目的にも美味しくはなさそうな黒い怪異――
こいつは確か……。
「カゲフミオドリ、だったかな」
「カゲフミオドリ?」
「影を踏む尾っぽの鳥とかいて影踏尾鳥っつうんだ。見てろ、ほら、電柱の影に行くぞ」
「行ったね……あっ、踊ってるっ!」
「その名前から分かるように、影を踏んで踊るんだよこいつは。しかも一応、鳥の怪異だったはず」
「鳥の怪異かー。あっ、踊ってる時はくちばしが出てる、鳥っぽいといえば鳥っぽいー!」
「人畜無害な怪異だ、踊らせておこう」
「ふふっ、わたしの手のひらの上で踊っているがいいさ」
「それは違うと思うよ」
カゲフミオドリを通り過ぎて久理子の家へと向かう。
それにしてもこの街は鳥の怪異に好かれているな。
ちょくちょく鳥の怪異を見ることがある、何か理由でもあるのだろうか。
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