第6話 無敵の人
怪異、専門家……かあ。
とはいってもにわかには信じがたいのだけどね。
小鳥遊さんにエロいことをしようとしていた時点で、怪異専門家より詐欺師のほうが印象強い。
学校への道中、昨日貰った名刺をまた見るとした。
怪異専門家――立花八千代。
名前の下に携帯電話の番号が書いてある、接触したい場合はここに連絡すればいいのだろう。
あの箱について、立花さんは何か知っているようだ……知っている、らしい。しかしながらあの人を信用できるかというと、それはまったく……微塵もできないわけで。
気にはなるけど、連絡するのは躊躇してしまう。
ちなみに小鳥遊さんにも立花さんに会いに行くかと聞いてみたが、会うのは絶対に嫌らしい。そりゃそうだ。
箱についても彼女と相談したが……一応、箱は返してもらおうということで、俺が頼まれた。美女に頼まれるのは悪くないね。
どうせならば箱はそのまま預けてしまってあの箱に関しては一切を絶ってしまうというのも手ではないかとも話したが、小鳥遊さんの反応はあまりよろしくはなかった。
自分の手で始末をつけたいのかも。……依存、しているんじゃあないだろうなあの箱に。
「はぁ……」
ため息を、雲一つない快晴の空に溶かす。
「どうしたのさ、お昼からため息なんかついて」
そんな俺の視界に、久理子が顔を覗かせた。
「ん、いやな……昨日ちょいと色々あって」
「ふーん、それよりお昼食べない?」
「食べようか」
腹の虫が騒がしくなってきている。
ここは一先ず昼飯といこう。ついでに久理子には昨日のことを説明しておいた。ため息の理由を話さないともやっとするだろうから。
「――ふんふん、なるほどね、葵を家に招いて鳥軟骨ハンバーグを一緒に食べたと……」
どうしてかそこで頬を膨らます久理子。
「いや、大事なのはそこじゃなくてだな」
「わたしにとっては大事だよぅ!」
「そ、そうなの?」
「そう!」
「誘ってほしかったのか?」
「誘ってほしかったなー!」
「そいつは悪かった。ほら、ミニ鳥軟骨ハンバーグをやるからこれで勘弁してくれ」
久理子の口へミニ鳥軟骨ハンバーグを近づけると、彼女はぱくりと食べては笑顔を浮かべた。
「苦しゅうない」
「どうも」
満足してくれたようで嬉しいね。
ハンバーグは冷めても美味しいし、何よりそのコリコリ食感はたまらないだろう?
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「話、聞きに行くの?」
「んー……」
どうしようかね。
どうするべきかね。どうであれ――
「話を聞くかはともかくとして、とりあえずあの箱を取りに行かなきゃいけないしな」
「でももしかしたらちゃんとした専門家かもしれないし、話を聞いてみたら?」
「そうだなあ……」
「それに女好きなら、冬弥が襲われる心配がないよっ」
「確かに!」
「でも気を付けてね」
「ああ、気を付けるよ」
警戒心はやや高めでいこう。万が一ということもある。眼鏡の似合う綺麗なお姉さんに襲われるのは悪くないがね。
……でも立花さんって、印象的に動物で例えると――蛇。
絡みつかれるのを想像すると、やっぱり嫌かも。
それから暫しの時間が過ぎて放課後。
俺は校門を出てしばらくしてからスマホを手に取った。
名刺を取り出して、載っている電話番号をスマホに打ち込み耳に当てる。
数回のコール音の後に、相手は電話に出た。
『もしもーし、こちらは怪異専門相談所となりますがー?』
「……どうも、昨日ぶりです」
語尾が間延びした口調はどうにも真剣みに欠ける。
俺が相談者であったのならば、本当に相談に乗ってくれるのかと心配になっていただろう。
『おっ、その声は昨日の――ああ、そうそう、少し調べさせてもらったよ。きみははじまくんだね?』
「はじまじゃなくてはしまですけど」
『おや、そうかい。たいして変わらんだろう』
「変わりますよ、苗字なんですから」
『そいつぁすまなかったねぇ』
どうにも心の底からきちんと誠意を込めて謝罪しているようには聞こえない。
しかしながら少し調べただけで俺の名前を特定するだなんて、調査する力に関してはそれなりのものを持っているのかもしれない。
なんだか首周りに手を回された気分。あんまり、よろしくはない。
「あの、箱を返してもらうついでに話を聞きたいんですけど。怪異についての、話を」
『おお、そうかいそうかい。電話じゃあアレだし、会って話そうじゃない』
「分かりました。ちなみに小鳥遊さんはいないですからね」
『おおう、そうかい、そいつぁ残念だなぁ~』
未遂とはいえあんなことをしておいて、小鳥遊さんが本当にやってくるなどと思っていたのだろうか。
立花さんはやややる気の下がった声で街の喫茶店を指定してきたので、そこへ向かうとした。
ここからは徒歩で十分ほどの距離にある喫茶店だ。入ったことはないが名前くらいは知っている。
喫茶店モンブラン――学生がその喫茶店に入る光景を何度か見たことがある、人気の店らしいのだ。
俺も時々クラスメイトや久理子に誘われたことがあるのだが、やはり夕方に行くとなると喫茶店よりもスーパー。そちらを優先してしまうんだよね。特売品なんかは逃したくないし。
店の前に行くとコーヒーの香りがわずかに鼻孔を撫でてくる。
いい豆を使っているのか、嗅いでいて心地良い香ばしさ。一度深く呼吸してその香りをふんだんに取り込んだ、ああ……いい香り。
店内へ入るとカランッと鐘の音が鳴った。耳を澄ませばクラシックの音楽が聞こえる。
まさに喫茶店といった雰囲気を耳で感じる。
店内はレトロチックな店構えで、客の入りは上々、半分ほどはやはり学生だ。
店の一番奥の席では、立花さんがテーブル席についてコーヒーをすすっている姿が見えた。
立花さんはこちらに気付いて小さく手を振る。
特徴的な長い前髪がたらりと下がり、耳にかけては小さく微笑んでいた。
なんとも、大人の女性ってやつ。
本当にこの人が、小鳥遊さんにいやらしいことをしようとしていた人なのか。俺が今見ている光景だけでは、にわかには信じがたい。
足を進めて、立花さんの向かい側へと座る。柔らかいソファは座り心地がいい。
女性店員がすぐにやってきたので、とりあえずコーヒーを注文する。
鼻孔を刺激されてから、コーヒーが飲みたくてたまらなくなってしまったのだ。
「昨日ぶりだね~」
「どうも」
「あの子は元気かい?」
「元気ではないかと。誰かさんのせいで」
「おやおや誰のせいかね。あ~……また会いたいねぇ~」
「会うのは難しいと思いますよ」
「ふふっ、嫌われちゃったかな」
「でしょうね」
「それはそれは、とても辛いなあ」
なんて言いつつもその表情はまんざらでもなさそうな、恍惚としている。何を想像しているのだろうこの人は。
コーヒーはすぐに運ばれてきたので、早速いただくとする。
「……うまっ」
口の中に広がるコーヒーのほろ苦さ、そして豆自体に含まれている味が的確に抽出されているかのような、確かな旨味。
これは、たまらない。
「美味しいでしょここのコーヒー。葵ちゃんと一緒に飲みたかったわ~」
「それはもう叶わないかと」
「辛いねぇ」
「それで、あの箱は……?」
おそらくあの箱は立花さんの隣に置いてある鞄の中にあるだろう。
このままではコーヒーを堪能して話が進まなくなりそうなので、早いうちにこちらから催促しておく。
「ああ、あるよ。もうその話をするかい? 少しくらい世間話の一つでもしないものかね」
「あなたとどう世間話をしろっていうんですか。今日はいい天気ですねとか話せばいいんです?」
「きみも男なんだからわたしを口説くくらいの気概を見せてほしいものだなあ~」
「そんなもの見せて尚更どうしろっていう話ですよ。何より立花さんって女が好きなんでしょう?」
「男もイケるよ、男といっても、きみのような男の子が好みかな」
「なんてこったい」
舌なめずりをして、そう言う立花さん。
なんなんだこの人は。
無敵の人かなんかか? 怖いよぉ~……。
怯えていると立花さんは悪戯な笑顔を浮かべつつも、鞄からは――あの箱を取り出して俺の前に置いた。
「ほら、返しておくよ」
「あ、どうも」
すんなりと返してもらった。
何かしらの条件とかもなく、ただ借りた本を返すかのように。
「意外かい?」
「え、まあ……」
「わたしにはこんな恐ろしいもの使えないよ、呪いなんか受けたら嫌だしね」
「その、ついでにこの箱について、知ってることを教えてもらいたいんですけど」
「ああいいよ、その前に――店員さん、ガトーショコラ一つ、いや、二つ」
「えっ、俺は――」
「いいからいいから、会計はわたし持ちだ。きみは気にせずいただきなさい」
「それはどうも……ありがとうございます」
意外と、いい人なのかもしれない。
今のままだと、ただのとてもいい大人の女性。
……いや、でも騙されちゃあいけない。隙あらば身近に滑り込んでくるタイプなのかもしれないしな。
油断せずに、いこう。
「……うま~」
その五分後。
ガトーショコラが運ばれて、口に運んで、俺の警戒心は蕩けてしまいそうになっていた。
ただただ立花さんとこの喫茶店モンブランのいいとこを堪能している、してしまっている。
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