砂粒の足跡《じかん》

さくらよつば

第1話 ホワイト

 グレーの雲に覆われた寒空の下、ただただ前に進むことだけを考える。

一分でも早く帰らないと大希たいきがまた風邪をひいてしまう。あと二つ信号を渡って左に曲がればようやく自宅が見える。

こんな時に限って、大通りから一本中に入った十字路で信号が赤に変わった。急いで渡りたかった横断歩道を目の前に焦る気持ちを宥めるようスマホで時間を確認した。大希からLINEが届いたのが十五分程前…病み上がりの体には堪える寒さだ。少し前から白い小さな雪がひらひらと舞いはじめ僕の体温を奪っている。

日直の仕事を片割れにお願いし、部活を休んでまで慌てて帰ってきたのは家の鍵を忘れた小学二年生の弟のため。弟は風邪をひいて昨日まで学校を休んでいたから、近くのコンビニで待つように返信したがいまだに未読のままだった。もちろん何度も電話をしているが繋がらない。多分…きっと…スマホの充電がなくなったのだろうと思いつつも、変な心配が頭をよぎり信号が青に変わると同時に走っていた。

自宅に着くと、玄関の隅で小さな傘を風よけに丸まっている人影を見つけてほっとした。僕の足音に気づき少し顔を上げた弟は鼻を赤くしながら、

「お兄ちゃん、ごめん部活。また鍵忘れちゃった。」と少し照れながら言った。「鍵もだけど、スマホの充電も忘れてただろ?」と言い、傘を畳んだ弟の手を握ると手袋越しでも分かる程とても冷たくなっていた。僕は家に入るとすぐにエアコンをつけて洗面所へ行き、蛇口からお湯が出るようにレバーをグイッと回した。手が冷たくなっている大希には温かくなってから手洗いうがいをするように伝え、その隙にベッドから毛布を持ってきてポットに水を注ぎボタンを押した。


 時刻は午後四時二十五分、普段の母を真似て緑茶を淹れソファーに座ったのが今、慣れないことをしたせいか、なんだかめちゃくちゃ疲れた。まだ少し鼻の赤い大希に毛布をぐるっと巻いてお茶を飲ませていると「生き返った!」と結構な声量で言い放ち僕を見た。疲れのせいかホッとしたせいか、ボーッとして何も言わない僕を見た大希はもう一度「お兄ちゃんごめね、ありがとう。」と申し訳ないなさそうに言った。

「いいよ。今のうちに家の鍵、ランドセルに入れときな。」と伝えぽんぽんと頭を撫ぜた。大希のスマホを充電しながら一応母にも連絡をしていると、まだ制服のままだった僕に「ね、ママが帰ってくるまであれやろ!だから早く着替えてきて!」と大希が元気にソファーから立ち上がる。

 僕は大きく伸びをし、あくびをしながら階段を上っていると制服のポケットが振動した。母かなと思い画面を見ると同じクラスの河田さんから。

「弟くん、大丈夫だった?」のメッセージと少し心配顔の犬のスタンプが送られてきていた。僕は制服のボタンに手をかけながら、「玄関前で小さくなって震えてたけど大丈夫だったよ。既にめっちゃ元気。日直もごめんね。ありがとう。」と返信し、少しゆるくなった薄いグレーのスウェットパンツに薄いピンクのロンTを着て下とお揃いのパーカーに袖を通した。ゲームとその充電器を持ってリビングに向かえば、大希は既に一人でゲームを始めていた。色々なモンスターをゲットして育てたり対戦したりするあのゲーム、五歳年下の弟もようやく面白さが分かってきたようで、学校でも友達とその話をよくするようになったらしい。その後は結局母が帰宅するまでゲームをしながら合間に河田さんとLINEをし、モンスターの育成方法を大希に教えていた。


 午後六時を過ぎたところで母が帰宅すると、大希のおでこに手を置いて「大丈夫そうかな」と言った。僕には「お兄ちゃんありがとうね、ほんと助かったよ。」と肩をとんとんし、それから母はお風呂のスイッチを押して慌ただしく夕食の準備に取りかかった。十五分ほどすると「もうすぐお風呂が沸きます」と聞き慣れた電子音が響き、「大希、ご飯前にお風呂入っちゃって。」と母がリビングに向かって声をかけると、「分かったー」と生返事をしながら、ちゃっかりキリの良いところまでゲームを進めてからお風呂場へ消えていく。


 僕は自分の部屋へ行き数学の問題集を引っ張り出した。得意ではない数学で今日も課題が出ている。何事も人より時間がかかるタイプの僕は、とりあえず夕食までに半分程の問題を解いた。

 夕食後、空腹が満たされ既に少し眠くなってきた僕は、重い体を持ち上げそのまま風呂場へ直行した。完全に眠くなってから風呂に入るのが嫌で、少しゆっくりしたいご飯直後でもさっと体を洗い湯船に浸かるのが日々の日課になっている。

 風呂から出てドライヤーを終えると父が帰宅したところだった。

「おかえり。」と父に伝えると、「ただいま。今日大変だったみたいだな。」と、目尻に少し皺を寄せ穏やかな目で笑っている。週半ばの水曜日、仕事で疲れているはずなのに、いつもこんな感じで穏やかだ。学校に通ってるだけの僕でさえ帰宅すると、いつの間にか体の中に溜め込んだ空気を大きく吐き出して自分を解放しないとキツい時がある。僕もあんなふうにいつでも穏やかな心でいられたらな…と中学に入ってからは強く思うようになった。

 玄関で話す父と母を見ていてふと思った。僕はどっちに似ているんだろう…。

大希は社交的な性格だから、どちらかと言えば母似なのかな…なんてぼんやり考えながら冷蔵庫から烏龍茶を取り出しグラスに注いだ。

看護師をしている母はテキパキしていてパワフル、たまに出る天然なところがきっとギャップというか愛嬌に感じられるタイプで、僕から見たらあまり口数も多くない父とテキパキとパワフルな母は結構正反対のように見える。でもいつも二人の間に流れる空気が穏やかで楽しそうで…たまに羨ましくなる。未来の自分を想像してみても、あんな風にはなれないな…と既にそんなことを思ってしまうほど、僕は自己表現することや異性との会話が苦手なタイプだった。


 数学の課題を終えると、時刻は午後九時半を回っていた。ベッドの上に放置していたスマホを見ると河田さんからまたLINEが届いていた。

「この間話していた本、いつでもいいから貸してもらえると嬉しいな♪」夕方にやりとりしていたLINEは、あの後数回往復して終わっていたし、明日学校で伝えることもできるのに、わざわざLINEが送られてくるなんて珍しい…。そんなことを思い少しだけドキっとしたことには気づかないフリをして、早く読みたいんだな…と、それだけの理由としてこのメッセージを受け取った。僕は「もちろん!明日学校持ってくね。」と返信した。

 LINEだと普通に会話できるのになー…。元々話すのがあまり得意ではない僕は、いつも連んでいる同性の友達ならまだしも、多くの人がいる教室の中で、面と向かって女子と話すとぎこちないのを実感する。誰と話していても、その瞬間の自分を客観視する癖が邪魔をして、側から見たら普通に話せているように見えるのかな…と、そんなことばかりが脳内を占領していた。


翌日、二限が終わると僕はいつもの流れで同じクラスの友達二人と教室の隅に集まり、何でもない会話で時間を埋めていた。連んでいるうちの一人、宮下が窓際の一番後ろというVIP席を手にしているので、僕らはいつもその机に集まって話している。腰上まである窓際の壁にもたれながら話していた僕は、ふと顔を上げると宮下の斜め前の席に座る河田さんと目が合った。そして目が合って焦る僕以上に早いスピードで河田さんは目を逸らした。

「明日持ってくね。」と送った昨夜のLINE、少しでも早く僕が渡してあげるほうがいいんだろうな…と思いながらも、どのタイミングで何て話しかけて渡せばいいのか、それからずっとそんなことばかりが頭の中をグルグルしていた。

 名案が思い浮かばないままホームルームが終わり時刻は午後四時、今日から中間テストに向けて部活が休みになるため、クラスメイトは続々と教室を出て下駄箱へと向かっている。一緒に帰る予定の宮下達はバレー部で、部室に寄らなければいけないからと行ってしまい僕は教室で二人を待っていた。

河田さんはまだ教室にいて友達と話している。…いや、勉強を教えているっぽい。今教室にいるのは僕を入れて残り七人、あのLINEを送ったからには今日中に本を渡したい。できるだけ普通にさりげなく…。頭をフル回転させた僕は、登下校でこっそり使っているワイヤレスイヤホンを両耳に入れ一番小さな音量でお気に入りのプレイリストを再生し、文庫本の入ったカバンを持って宮下の机に向かった。

 部室から二人がまだ戻ってこないことを祈りながら、宮下の席に座り、なんとなくTwitterを開きながら河田さん達の話が終わるのを待っていた。多分僕が席を立った瞬間、河田さんがちらっとこっちを見た気がする。相手にも変に気をつかわせてしまうのが申し訳なさすぎて、サクッと渡せない自分のへっぽこさに心が沈む。五分程すると、河田さんにありがとうを言って自分の席に戻るクラスメイトの後ろ姿を見送った僕は「今しかない」と心を決めて、カバンから文庫本を抜き出した。右耳のイヤホンを外しつつ河田さんの左肩をとんとんとしながら左手で文庫本を差し出した。少し驚いて振り返る河田さんは本を目にすると「あっ♪」と小さな声を漏らし僕を見て「ありがとう」と優しい目をして笑った。僕は右耳のイヤホンを握りながら、「このシリーズ全部持ってるから他のもいつでも貸すよ。」と、何度かシミュレーションしていたコメントを伝えた。そして「昨日は日直の仕事ほんとにありがとね。」と、もう一度昨日のお礼も改めて伝えた。本当はこっちが伝えたかった。そんな僕に対して河田さんは、「ううん、そんなの全然。それより弟くんは今日学校行けてる?」と大希の心配をしてくれた。朝から元気いっぱい学校に行った事を伝えると「良かった。」と笑う彼女と目があった。「実はね、私の弟と仲良いみたいで、たまにうちに遊びに来ることあるんだよ。」と、めちゃくちゃ驚く発言をさらっとした。「え⁉︎弟が遊びに?てか河田さんも弟いるの?え、同い年…⁉︎」と、想定外の会話を繰り広げることになった僕の脳内ではちょっとしたパニックが続いた。話を聞くと、どうやら弟達も同じクラスのようでとても仲が良いらしく、実は河田さん家族が去年の春、この街に引っ越してきたという驚くべき情報も追加された。

 僕らの通う中学校は、二校の小学校が合わさってできているため、知らない顔は他の小学校の人だと思い込んでいた。小学二年生になるタイミングで引っ越しすることになった河田さんの弟は「新しい学校やだ」と、通い始めるまではとても不安がっていたらしい。

 そんな心境で迎えた二年生の始業式、河田さんの弟くんに最初に声をかけたのが大希だった。クラス替えをしたばかりの緊張感のある空気を纏った二年一組の教室では、帰りの会が終わり下校の準備をしていた。

 この時期ならではのクラス名簿の順に座ると、河田くんがたまたま大希の前の席だった。「ねっ、このゲームやってる?」と消しゴムを見せながら河田くんに声をかけた。最初は驚いていた河田くんも、それがきっかけで大希と話すようになりいつの間にかとても仲良くなったそうだ。「家でもタイキくんの話よく出るよ。」とふわっと笑いながら話す河田さんに、なぜか胸の奥が少しキュっとなった。「まさかそんなに弟達が仲良しだったとはめちゃくちゃ驚きなんだけど…‼︎学校外でもお世話になっています。」と、ちょっとおちょけて兄感を出しながら伝えた。

 「ね、河田さんの弟くんって何て名前?」と聞いたところで宮下達が教室に戻ってきた。「あっ…」と間抜けな声を出してしまった僕に、「一葵いつきだよ。」と、クスッと笑いながら教えてくれて、前を向いて帰る準備を始めた。宮下達が少しニヤニヤしながら近づいてくるのが分かったからか、「本ありがとうね。」と言って河田さんは帰っていった。

 案の定、その日の帰りは宮下達に「女子と話すの珍しいね、何話してたの?」とニヤニヤ顔が隠し切れていない二人から質問攻めにあったが、「弟達も同じクラスで仲良いらしくって、さっきそれ言われて驚いたとこ。」と、何となく本のことは伝えず弟の話題で乗り切った。

 帰宅後、大希にイツキくんのことを尋ねると、「うんそうだよ。お兄ちゃんもイツキくんのお姉ちゃんと同じクラスなんでしょ?」と、さらっと言われてまた驚いた。もう一月に入ったというのに…知らなかったのは僕だけだったようだ。何とも言えないモヤモヤした気持ちを抱えて自分の部屋へ行き、とりあえずはテストだな…と言い聞かせた。

あまりやる気の起きない来週のテストに向け僕はとりあえず配布された勉強計画表を埋め始めた。


 九ヶ月程前、桜の花びらが舞う柔らかな日差しに包まれながら中学へ入学した僕は、一年三組で河田さんと同じクラスとなった。しかもたまたま席が隣。要はクラスの名簿順で、僕の名前を五十音順にすると前から5番目で河田さんの隣になったというだけのことだ。小学校のクラス替えとは違い、知らない顔も半分程ある独特の緊張感に包まれた教室では、認めたくはないけど自分でも薄々気づいていた人見知りがしっかり顔を出していた。そんな僕は前を向くか配られたプリントを見ることくらいしかできず、もちろん隣の席に座る人の顔もちゃんと見れぬままその後数日間を過ごした。

 一年三組の教室に初めて入った日の事を思い出していると、河田さんから初めて話しかけられた時のことも思い出した。

「桜井くん、図書委員よろしくね。」左を向いて僕の目をチラッと見ながら、遠慮がちにそう一言伝えてくれた。

入学式から三日後、前期の委員やクラスの係を決めをしている中、僕は小学生の頃から好きな読書と、密かに好きだった図書室での時間を作りたくて、誰も手を挙げない図書委員に立候補した。まだ馴染みきれていないクラスメイトからもし弄られたとしても、「何か楽そうじゃん。」と、そこそこ社交的な回答ができそうだと思い手を挙げた。

「じゃ桜井は決まり…と、女子で誰かやってもいいぞって人いないかー?」と担任の清水先生が言うと、「おっ河田な、じゃ図書委員は決まったな。じゃ次ー…。」と言いながら話を進めていった。河田さんが手を挙げたのが見えなかった僕は結構驚いて、あとからそっと隣の席を見た。横顔を少し見ただけだったが、肩より少し長い髪を耳にかけた可愛い感じの人で内心少し焦ってしまった。その日のホームルーム終わり、カバンに筆記用具を入れていると、河田さんから名前を呼ばれ「よろしくね」と言われた。その時一瞬目が合って初めて正面から彼女の顔を見たが、横顔の印象以上に可愛らしい人で、僕はすぐに反応できず変な間ができてしまったが、「うん、よろしくね。」と何とか一言だけ伝えきった。

 一瞬目があっただけなのに、よろしくねと一言言われただけなのに…、ちょっとだけ体が熱くなった。多分耳は赤くなってたと思う。小学校から仲が良く同じクラスになった宮下に「帰ろー」と声をかけられ、宮下の前の席に座る町田がこっちに手を振ってくる。町田も小学生の頃からの仲でよく遊んでいた。カバンを掴んで二人と共に教室を出ながら「部活何にするー?」と話す宮下に「んー」と適当な相槌を打って浮つく気持ちを悟られないよう必死にいつも通りを装った。

 何でこんなことを思い出したんだろ…。自分自身、気づいているようないないような…微妙なモヤモヤをまだ心に抱えたまま、テスト勉強の計画表をそれなりに埋めて、英語のテスト範囲になる単語をノートに書き始めた。


 翌週月曜日は、雪が舞うとても寒い朝だった。いつもの時間より三十分早く家を出て職員室に向かい、図書室の鍵を借りて一旦教室にカバンを置きに行く。スマホをポケットに忍ばせ図書室を開けて受付のプレートをカウンターに出すと、前回読みかけの本を一冊棚から抜き取り受付カウンター内の椅子に座る。そう、今週は僕と河田さんが図書委員の日だった。後期の委員決めでも誰も手を挙げない図書委員に僕らはもう一度立候補した。

誰も手を挙げない理由は単純で、当番の週になると朝早く来なければいけないのと、帰りも午後四時半までは図書室にいなければいけない。この拘束がある事が分かり、クラスのみんなは図書委員が早々に決まってラッキーといった様子だった。ぶっちゃけ僕からしてもラッキーだけど。

 先週、日直の仕事を任せてしまった僕は、河田さんより早く学校へ行き図書室の鍵を開けておこうと思った。今朝家を出る直前に河田さんにLINEをし、ゆっくり来れば大丈夫な旨連絡をした。当番の週は家を早く出たつもりでも、河田さんはだいたい僕より早く学校に着いていることが多く申し訳ない気持ちになる。だから今日は自分の中でかなり早めに家を出た。外に出ると大きめの白い雪が舞っていた。僕のグレーのコートの袖先に舞い落ちた雪は、少しの間その形を保持してゆっくりと溶けた。道路と歩道の間にある路側帯は薄っすら白くなり始めている。雪の結晶の写真を小さな頃に本で見て以来、空から綺麗な星が降ってくるようなこの不思議な現象に興味を持って、ふわふわと舞い降りる雪を見るのが好きになった。小さな雪の結晶が重なり合って空を舞い、少しずつ静かに積み重なってゆく様子はずっと見ていられる。信号待ちをしている間、傘の先から空を見上げると雪の舞う様子が綺麗でぼーっと眺めていた。


僕に触れるとすぐに溶けてしまう儚さと寒さが相まって少し切ない気持ちになった。

 カウンターの椅子に座ってスマホを見ると、河田さんから連絡が届いていた。「今日すごく寒い中、朝早くからありがとう。」のメッセージと共に、ペコリと頭を下げた犬のスタンプを送ってきていた。「全然!いつも通り図書室には誰も来てないからゆっくりで大丈夫だよ。」と返信し、本の続きを読み始めた。十分程経つと、遠くからうっすら足音が聞こえ、次第に近づく足音は図書室の前で止まり遠慮気味にドアが開いた。僕は顔を上げると河田さんがこっちを見ながら「おはよう♪」と言い中へ入ってきた。

僕の隣に座ると「鍵ありがとう。わざと…今朝早くに連絡くれたんだよね?」と優しく笑う彼女の手には先週貸した文庫本があった。「あっ…まあ…。あっそれ、読んでるんだね。」と、僕の連絡の意図に気づいてくれていたことへの照れと嬉しさもあり、それを隠すように手元の文庫本に話をそらした。本を見ると残り三分の一くらいのところで栞が挟んであるのが見えた。「隙間時間に読んでるんだけど、めちゃくちゃ面白いね。テスト週間なのに続きが気になってついつい読んじゃって…今回のテストやばいかも。」と少しはにかんでいる。僕の好きな本を彼女も気に入ってくれたことが嬉しくて、僕も少し照れてしまった。「これって今何冊出てるんだっけ?」と聞かれて、「確か十二冊かな。まとめて貸そうか?」と答えると、「そんなに出てるんだ!」とすごく可愛い笑顔で喜んでいる。「あ、でも一冊ずつでいいよ。うん、あ…でもやっぱり一冊ずつのがいいな…」とだんだん小さな声になるから、ん?と僕が河田さんを見ると一瞬目が合って、彼女はそのまま本に目を落とした。僕は目があったことにドキッとして慌てて逸らしたものの、「あ、一気に渡しても重いよね。うん、一冊ずつにしよ。いつでも貸すから言って。」と伝え本に目を向けた。すると、ふふっと笑いながら「ありがとう。桜井くんって優しいね。」と言い、そのまま活字の世界に戻っていった。

思いもよらぬ一言に僕の心臓はまた暴れ出しそうだったが、河田さんの耳が少し赤くなっているのが目に入り、胸の上の…真ん中辺りが奥まで疼くような感覚になった。

心臓のドキドキはなかなか治まらず、何も言えぬまま手元の活字をただ頭の中に流し入れ、気持ちが落ち着くのを待った。

 翌日の帰り、図書室のカウンターに座って本を読んでいると、同じくその隣で本を読んでいた河田さんが面白かったーと小さな声で囁いた。思わず漏れてしまったようなその言葉に反応して隣を見ると、「あ、ごめんね。」と珍しく慌てて口を押さえている。少し耳が赤くなっていて恥ずかしそうにされると、僕にまで伝染しそうだ。「面白かったみたいで良かった。明日続き持ってくるね。」と伝えると、それだけのことなのに彼女はとても嬉しそうに「ありがとう。」と言ってくれた。

 あれから約一ヶ月、小説の続きを何冊か貸したり、もう一度日直が回ってきたくらいで、僕と河田さんの距離感は大きくは変わらなかったが、嬉しい変化が一つだけあった。本の一言感想と誰もが知る大人気のビーグル犬のキャラクターを白いカードに書いて、毎回本の最初のページに挟んでくれるようになった。僕はこの小さな白いカードを読むのが楽しみの一つとなっていた。LINEでのやり取りと違って僕にとっては手書きが新鮮で…本の感想だけなのに、とても温かい気持ちになった。だから僕も三冊目を貸す時に本の最初のページに手書きのカードを挟んだ。本の帯をイメージして、物凄く読みたくなるようなキャッチーな一言を頭を捻りに捻って記した。

 相変わらず学校やLINEでは、周りの目が気になったり恥ずかしい気持ちが勝ったりで、ちゃんとした用事がある時に話したり連絡する程度だけれど、今では本を通して一言交換日記をしているような、そんな不思議なやりとりがちょっと特別なように思えてとても嬉しかった。


気付けは二月も半ば近くになり、寒いのが苦手な僕は、休みの日も部活以外は外に出ていない。家では大希とたまにゲームをしたり、本を読んだりYouTubeを観ながらリビングのソファーでゴロゴロしたり…そんな風に過ごしていた。昼食の支度をしている母がそんな僕を見て、「お兄ちゃんもっと青春っぽいこととか何かしないのー?」と唐突に聞いてきた。そんなことを急に言われ「え、いきなり何?何で青春?」と、よく分からないぞオーラを前面に出して答える僕に、母は笑いながら言った。「なんか羨ましくなってきちゃって。長い人生の中で中学一年生ってたった一年しかないじゃない?時間だけはみんなに平等だから、一生に一年しか味わえない時間の上にいると思うと、ちょっと貴重だなと思って。お母さんもいまだに中学や高校の頃の思い出が結構しっかり残っているから、一生物の思い出になるような出来事が一つでもあると今後より楽しくなるかなと思ってね。」と鍋の前でお玉を持ちながら楽しそうに答えた。

 学校生活を送る上で僕はそんな風に考えたことがなかった。入学からこれまでの記憶を辿ると、コレといった何かがあったわけでもなく、ただただそれなりに忙しい毎日を過ごしていただけだった。学校は朝八時までに登校しなければいけないし、スピードの速い授業に範囲の広い定期考査、地味に小テストもよくあるし数学と英語は席順で当てるタイプの先生だから気が抜けない…。こう見えて実はテニス部だから部活も結構ハードだし、一年の身としては部活の先輩後輩の関係も重要。クラスでの馴染み方、仲の良い友達との関係性、そして気になる人との距離感…僕としては日々気にしなければいけないことがいっぱいで、小学生の頃とは桁違いになかなか疲れる。

 だから休みの日くらい完全なオフモードで過ごしたいと思っていたんだけど…。

「時間だけは平等…か。」時計の針が進む速さは皆同じ、生きている限り止まることのないこの時間を、自分は何と引き換えに過ごしていきたいのか…そんなことがふと頭をよぎった。今の僕は、日常生活を平穏に送ることを中心に自分に与えられた時間と交換しているように思えた。中学一年生としての時間といった見方をしたことが無かったので、このままだと少し勿体無いことなのかな…と少しだけ思った。ソファーにボーッと座りながらそんなことが頭の中を巡っていると、カレーの匂いがしてきた。

「大希〜ご飯だよ!」と母が階段の上の方に向かって呼ぶと、元気よくドアを開ける音がしてドタドタと階段を下りてきた。

 日曜日のお昼、休日出勤となった父を除き、三人でカレーを食べている時に母が言った。「今日イツキくんのお家、何時に行くの?」その言葉を聞いた僕が焦って「えっ」と思わず口走ってしまった。そんな僕を気にすることもなく、大希は「一時にイツキくん家に集合だよ。」と言い、カレーをもぐもぐ食べている。「あっ、これ忘れずにね。」と母がソファーに置いてある大希の上着の横にお菓子らしきものが入った袋を置いた。「あれ入ってる?」と嬉しそうに話す大希に「入ってる入ってる。」と笑う母。あれって何?ってか河田さん家にこれから行くんだ…と、僕が行くわけでもないのに少しドキドキしてしまった。大希はカレーを食べ終えると急いで歯磨きをし、上着を着てカバンを斜めにかけ、マフラーと手袋をしてからお菓子の袋を持ち外へ飛び出して行った。その様子を見た僕が「元気だね〜。」とみかんの皮を剥きながらぼそっと呟くと母が笑う。「お兄ちゃんも遊びに行ったりしないの?あ、そう言えばイツキくんのお姉さんと同じクラスって大希が言ってたけど、話したりする?」と急に河田さんの話を振られ僕は焦った。わざと口いっぱいにみかんを入れて、「んーたまに話すくらい。日直とか一緒になるから。」とできるだけさりげなく聞こえるように話した。洗い物をしながら話す母が、「それなら前に大希が鍵忘れた時も日直の仕事してくれたのってイツキくんのお姉さんだったんだね。お礼言ってくれた?」と言う母に、そんなとこまで覚えていたんだ…と驚きつつも、「うん、次の日伝えたよ。大希の体調心配してた。」とあっさりとした口調で答えた。

「優しい子なんだね。イツキくん、お姉さんと仲良しみたいで、よく大希にもお姉さんのこと話すみたい。少し歳の離れた弟だとより可愛いのかな〜。」と、後ろ姿からもニコニコしてるのが分かる母を見てちょっと不思議に思った。


午後四時二十分、玄関の扉が開き「ただいまー」と大きな声が家の中に響いた。リビングで本を読んでいた僕とテレビを見ながら洗濯物を畳んでいた母が少し驚いて顔を見合わせつつ、「おかえりー。」と伝えると、大希は急いで手を洗いに行った。冬は暗くなるのが早いから大希の門限は四時三十分になっている。手洗いうがいを終えた大希はドタバタとリビングに来るなり、「お兄ちゃんこれ。イツキくんのお姉ちゃんがお兄ちゃんにって。」とニコッとしてシンプルな茶色の袋を手渡された。麻の紐におしゃれな白いタグらしきものを通してラッピングされた紙袋。本ではないし…何これ?と呑気に思い「ん…⁉︎」と言いつつ眺めていると、「明日バレンタインだからクッキー焼いたんだって。イツキくん家で僕も食べたよ。美味しかったー。」と無邪気に言う大希。僕はそんな爆弾発言に対し、さすがに動揺した。

 そんな僕の動揺を知ってか知らずか、母が嬉しそうに「お兄ちゃん良かったね。もうそんな年齢かあ。」と、ふふっと笑いながら追い打ちをかける。少し気まずそうにしている僕と母を交互に見てニヤッとする大希を横目に、「んー」とだけ言って自分の部屋へと避難した。ベッドに座り紙袋を眺めると変な緊張感がある。家族のために毎年作ってるとか…、たまたま大希が今日遊びに行ってたから僕にもくれたとか…。僕はあまり深い意味を考えないようにして河田さんにLINEでお礼を伝えることにした。明日学校で直接ありがとうなんて絶対に言えない…便利な世の中になっててくれてありがとう…。当たり障りなく、そしてもしかして意識してる⁉︎と思われないように、言葉を慎重に選んだ。「大希から受け取ったよ。僕の分までわざわざありがとう。大希がすごく美味しかったーってはしゃいでたよ!笑」。そこから五分後に既読となり、いつも割と返信の早い河田さんから十五分経っても連絡が来ないままだった。中を見ようかなと麻紐をほどいた拍子に白いタグらしきものが裏返り、そこには「届きますように⭐︎」とだけ書かれていた。あ、これってメッセージカードだったんだ…と認識した瞬間、またバクバク飛び跳ねる心臓との戦いが始まった。小学生の時もバレンタイン時期にチョコを貰ったことはあったが、昔から中のいい幼馴染のような女子だったり、友チョコだからと宣言されて他の男子と同じように貰ったことしかなく、気になる子から貰う…というのは初めての経験だった。

 袋の中を覗くとアイシングクッキー⁉︎とやらが複数入っていて、表面が黄色でとても綺麗な星形をしている。星が好きと前に話していたことを思い出し、本当に好きなんだなと、自分でも知っている彼女の一面が合致したことが嬉しくて、ふっと頬が緩んだ。ベッドに置いているスマホが震えてLINEのお知らせ通知が画面に表示された。開くと河田さんからだった。メッセージが気になるけどすぐ既読をつけるのは待ち構えていたのが伝わってしまいそうで、長押しでメッセージの中身を確認した。「良かった無事に届いて。大希くん、美味しいって言いながら食べてくれて嬉しかったよ。中身見た…⁉︎」と書かれていたので、これなら変な緊張もなく返信できるなと思いそのまま既読をつけた。「うん、見たよ!手作りと思えないくらい綺麗な星のクッキーがいっぱいでビックリした!」と素直にそう返信した。そこからすぐ既読になるも三十分経っても返信が来ないため、そのままベッドでうとうとしてしまった。少し眠ってしまったようで、気づけば午後六時十分を過ぎたところで、少しぼんやりとした頭でスマホの画面を確認してみると、「ちゃんと中身見てね。一つ特別なの入れてるから⭐︎」とだけ返信がきていた。よく分からなままクッキーの入った透明の袋をペリペリと開けて上から中を見ると、一つだけ曲線のクッキーが目に入った。出してみると、ハート型で白色のアイシングクッキーが一枚。誰もいない部屋で「えっ!」と声を出してしまうほど、僕にとっては衝撃的な出来事だった。

友達伝いに「あいつ桜井のこと好きっぽいよ」みたいなことはあっても、女子から直接言われたこともなければ、こうして贈り物をもらうことももちろん無く、僕はドギマギしたままなんて返信すればいいのか悩んでしまった。そうこうしているうちに、「急にごめんね。そんなに気にしなくて大丈夫だから。」と焦りの絵文字が入ったメッセージが追加で届いた。

 予期せぬタイミングで初めての経験が重なった僕は、頭と心が追いつかずしばらくフリーズ状態だった。ベッドに座ってボーッとしていると、ふと机の上にある文庫本が目に入った。河田さんに貸している小説だ。明日貸す予定の九卷が置いてある。あっ…‼︎と思い、LINEのトーク画面を開いて文字を打った。「白いハートのクッキーにメッセージカードも白色…これってあの小説で描かれてたシーン?」と、僕になら分かるであろうジョークをクッキーに込めてきたのだと思い、勘違いしてないから大丈夫だよという意味も込めて、できるだけ普通のテンションを心掛けて返信をした。しばらくすると、「うん、ちょっと恥ずかしかったから、あのシーンを再現してみました笑⭐︎でも気持ちはちゃんと込めたし本物だよ。あ、でもだからと言ってその先はそんなに求めてないというか…、クラス替えの前に気持ち伝えておきたかっただけだから、あんまり気にしないでね。」という返信に、届いて早々既読をつけてしまった。Twitterの通知が届いたのでそれをタップしたつもりが…その直後に河田さんからのLINE通知が届きそっちが開いてしまった。

メッセージを読んで、ジョークでもなく河田さんからの告白だったことが分かり、「やばいどうしよう…」と一人で盛大に焦ってしまった。

15分程経ち、何度も何度もメッセージを読み返すうちに少し冷静になれた。じわじわと嬉しい気持ちが焦りを追い越し、ついさっきまであんなに焦っていたのが不思議なくらいだった。「ありがとう。最初うまく気づけなくてごめんね。というか、僕が勘違いしてあのシーンと同じ意味合いで受け取ってしまったら申し訳ないなと思って、変な確認しちゃったけど、正直僕も河田さんのこと気になってたからすごく嬉しかった。」と一呼吸に文字を打ち勢いに任せて送信した。ちょうど階段下から母が「お兄ちゃんご飯だよ〜」という声が聞こえてきたので、スマホをベッドに置いて階段を下りた。

 唐揚げにサラダ、きんぴら牛蒡にほうれん草とちくわの胡麻和え、そしてご飯とお味噌汁、夕方大希が帰ってきてからの二時間ほどでドッと疲れたためか、ものすごくお腹が空いた。珍しくご飯をおかわりした僕を見て、「いいね、いっぱい食べて。これから背も伸びそうだね。」と言いながらご飯をよそう母に、大希も負けじとおかわりと言った。

 お腹が満たされても、まだなんとなく部屋に戻りたくなくて、そのままリビングで大希とテレビを観ていると父が帰ってきた。おかえりとリビングから声をかけそのままテレビを観ていると、「あら、頂いたの?お返しまた見に行かないとね。」、「明日代休だから今日頂いたよ。今話題になってるショコラティエさんだって。」と二人の会話が聞こえてきた。そうだ僕も何かお返ししなければ…。「お返し」…「ホワイトデー」…の言葉が脳内を占領し、大希に話しかけられたことに気づけなかった。「ねーお兄ちゃんってイツキくんのお姉ちゃんと仲いいの?」と声のボリュームを上げて聞いてきた。こんなタイミングでそんなこと聞かないでほしい気持ちを飲み込んで、「んっ⁉︎なんで?」と聞き返す。「イツキくんのお姉ちゃん、お兄ちゃんとクラスの中では仲良いほうかな〜って言ってたよ。私はそう思ってるけど、どうだろうね?って笑ってたから。」

 河田さんは大人だ…。僕がその状況で同じことを聞かれても、きっとそんな風には答えられない。現に弟に聞かれただけでもかなりテンパってしまっている。多分既に耳が赤い。でもここでテンパってるのに気づかれて騒がれたら余計大変だと思い、僕は耳の赤さを気にしないように短く答えた。「まー小説貸したりとかしてるからかな。そんくらいだよ。」「ふーん」、CMが明けてまたテレビの世界に引き戻された大希は、既に興味が無さそうな返事をして画面に集中している。ホッとした僕はその隙に自分の部屋へ戻った。

 ベッドに置いてあるスマホを見ると、予想通りLINEの通知が表示されていた。差出人は、河田さんと宮下だった。最初に宮下のメッセージを開くと「明日誰かにチョコ貰えると思う?去年までは友チョコ的なの貰ったりしてたけど中学ってそういうのあるのかな?」と、バレンタインというイベントをしっかり気にしている奴がここにいた。「どうだろうね…学校持ってくの禁止って言ってたし、小学校の時みたいにはならないんじゃない?」と、あんまり興味が無いような返信をした。

そして河田さんからのメッセージには、「えっと、それって桜井くんもおんなじ気持ちって受け取ってもいいのかな…⁉︎」と記されていた。

 先回りして僕の気持ちを汲み取って言葉にしてくれる大人な河田さんに対し、なんだか情けなくなってしまった。カッコ良く決められるほどの経験もなく、むしろこの状況になったからこそ自分の初心さに気づけた僕は、背伸びをしないありのままの自分で今の想いを伝えることにした。

 「うん、同じ気持ちだよ。河田さんと少しずつ仲良くなれて嬉しかったし、だから学校で話す時はちょっと緊張もしてた。こういうのあんまり経験ないから、正直付き合うとかもよく分かってないんだけど、もっと一緒の時間を過ごして色々なこと話したいなってのが今の正直な気持ち。」と飾らない素直な気持ちを書き連ねてメッセージを送信した。


 その日から一応お付き合いをしている形をとっているが、周りから弄られるのが恥ずかしくて、お互い友達には言わない方向で一年生の残り時間をひっそりと過ごした。と言っても、河田さんは親友一人にだけ僕との関係を打ち明けている。ここに至るまでに色々相談していたからとのことで、僕はもちろん了承した。

 お互い部活や予定がない日は、自宅から少し離れた大きめの公園に行って話すことが多かった。さすがにお互いの家に行ったりするのは恥ずかしいし、近くの公園だと弟達に会う可能性が高いから、ちょっと遠くの広い公園で話すのが定番となっていた。「二年ってどんなクラスになるんだろ⁉︎一組と六組みたいにすごく離れたらやだな〜。」なんて口にする河田さんが可愛い。

 そんな週末を過ごしているうちに、一年生の授業が終わり春休みに入った。

基礎練習がメインだった部活も、三年生の引退後は少しずつゲーム形式の練習を行えたり、僕としてはようやく部活も面白くなってきた。

三月最終日の土曜日は、部活の練習試合があった。今回は相手校が僕達の学校に来て学年別に二試合ずつゲームをした。ダブルスで後衛をしている僕は、初めてバックハンドでストレートを抜く事ができ少しずつ自信もついてきた。

帰宅途中、道路沿いにある小さな花屋の横を通るとふわっといい香りがした。この香り知ってるけど何の花なんだろうと思いチラッと見ると「スイトピー」と書かれた色とりどりの可愛らしい花が店先を彩っていた。これがスイトピーの香りなんだ…とすっきりとした心地よい春の香りが体に染みて心惹かれた。僕はくるっと左を向き店頭を彩るスイトピーを眺めた。黄色やピンク、白に水色…さまざまな色がある中、僕は白いスイトピーを二本取ってラッピングしてもらった。明日は河田さんと会う日だから渡そうと思って。

来月には後輩が入って来る、僕も桜井先輩って呼ばれる日が来るのか…と、初めての後輩にも少しドギマギしながら、昨年とは違った気持ちで春の訪れを噛み締めていた。






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砂粒の足跡《じかん》 さくらよつば @sakurayotsuba_888

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