第25話 余計な残業は不要
銃に突き刺さっているナイフの方に足を向けたとき、路地の入口であわただしい足音が聞こえ、一人の男が現れた。
ブルーを基調とした制服に官帽。“警察官”の名刺代わりになっているその姿を見た瞬間、私はナイフから手を放した。
こっちは顔を殴られた女一人。死体は男3人。武器さえ手にしていなければ、誰がどう見ても被害者だ。
警官は私のことを心配して寄ってくるだろう。油断したところを叩きのめし、さっさと逃げればいい。
しかし、ストラップを手に通していたのが仇になって、ナイフはスムーズに落ちずに手に引っかかってぶら下がった。カランビットの方は言わずもがな、リングに指を通していたので、手を離れてくれなかった。
転がる死体と殴られて血まみれの女。状況を把握しかねていた警察官の目が、私の手からぶら下がるナイフにとまった。その結果、彼の脳の中で、私という人間が被害者ではなく怪しい人物にカテゴライズされてしまった。
警官は少しもたつきながらも、腰のホルスターに手を伸ばして拳銃を引き抜いた。
「動くな! ナイフを捨てて手を上げろ」
1m以内であれば拳銃相手でも勝てる自信があったが、そうするには少々距離が離れすぎていた。私はおとなしく従い、手を振ってナイフを地面に落とした。
「地面に伏せろ!」
警官が叫ぶ。声が上ずっている様子からして、こうした場にあまり慣れていないらしい。こういう輩が銃を構えているとき、緊張しすぎてちょっとしたことで暴発させかねないので、かえって危険だ。
これから手錠をかけに近づいてくる。銃を抜くときのもたつき具合からして、それほど機敏な方ではないのははっきりしている。いいタイミングで姿勢を崩してやってぶちのめし……。
ところが、路地の入口の方で人の気配がして、警官が追加で3人ばかりやってきた。それで、警官を叩きのめして逃げるという選択肢は儚くも消え去った。
さてなんでこいつらはこんなに早くやってきたのかと思っていると、ナイフが刺さった拳銃が目に入った。
そこでようやく思い出した。確かに“私は”ナイフしか使っていないが、標的は拳銃を持っていた。護衛の元軍人の肝臓をミンチにしてやった時に、標的の方は部下がハチの巣になるのも構わず撃ちまくっていた。
どれだけ静かでも、銃声が何発も聞こえれば、どっかの誰か通報するのは当たり前だ。直後に斬り合いドつき合いになったせいで、完全にすっぽ抜けていたのだ。
用心しいしい警官が横に来て、私の手をねじ上げて手錠をかける。
引き立てられながら、さて、これからどういう風に言い訳しようかと考えていた。
仲介業者にクレームを言うどころか、向こうから“後始末”に同業者が送り込まれてくるかもしれないので、うまくやる必要がある。
仕事が終わった後は、余計なことをしないでさっさと帰るべきだ。残業は良くない。
まさかのヒットマン 氷川省吾 @seigo-hikawa
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