第15話 アンチスナイパー

『センチネル6、タンゴが現れて準備をしているんだろうが? 何をぬかして……』

 通信に部長が割り込んできてがなるが、私は聞き流した。

「大丈夫だ。奴は撃たない。撃てないんだ。ドローンを少し遠ざけて、監視だけ続けさせろ。タンゴから目を離すな。奴はすぐに移動を始める」

『何考えて……』

『……センチネル6。タンゴの発砲は確認できず。いや、動き始めました。窓から離れて……、いなくなりました』

 そこまで聞いて、私は再びスクーターを走らせ始めた。考えた通りだ。まだ余裕がある。

 奴は撃てない。あそこからでは撃てないのだ。

「ドローンを近づけすぎるな。気づいていないふりをして、奴をその場所にとどまらせておけ。そいつがそこにいる限り、首相は安全だ。応援は急がせろ。できれば生かして捕らえたいが、無理なら銃撃戦になる」

 私は再びスクーターを走らせた。“釘打ち師”は間違いを犯した。おそらくはそれに気づいている。修正しようと思っても間に合わないとだろうが、念のために足止めは必要だ。


 目的地に近づいた私は、奴に聞かれないように50m手前でバイクを降り、全力で走ってP7に向かった。まだ余裕はあるはずだが、急がなくてはいけない。

 腰に付けたホルスターからテーザーを取り出して状態を確認する。高圧電流で対象を麻痺させるスタンガンの一種で、窒素ガスでワイヤー付きの針を飛ばして、離れた相手に電撃を食らわせることが出来る。

 いざというときに人を撃てない私は、銃の代わりにいつもこれを使っていた。バッテリーは満タン。針とガスが封入されたカートリッジも入っている。

 筋骨隆々の大男であっても、こいつを食らえば問答無用で動けなくなる。だが、射程は5m程度だし、1回の装填では2回しか撃てない。

 相手は間違いなく銃を持っているだろう。まともに戦えば勝ち目はない。応援が来るまではもう少しかかる。今のところ、対処できる人間は自分だけになってしまった。

 だが、勝算はあった。奴は焦っている。絶対に焦っている。数分前の私とは比べ物にならないほど焦っているはずだ。それが分かる。

 そして、ほぼ確実に間に合わない。あいつがもう一度ライフルを構える前に、首相は演説を終えて退場する。


 すぐに私は目的地に着いた。何度も行き来した短大の校舎。植民地時代の宿舎をそのまま転用しており、敷地はない。入口を確認すると、しっかりとシャッターが閉まっていたが、南京錠を乱暴に壊そうとした痕跡があった。窓に関しても、私が指示したので、雨戸は全て閉められてカギがかけられている。

 1階の入り口も窓も閉まっているとすれば、入りたい奴はどこに向かうか。上の階だ。たいていの建物は、1階に雨戸があっても、2階はないケースが多い。

 非常階段は少し遠い。代わりに、雨樋からつながったパイプが上から地面まで伸びている。

 そっと近づくと、壁に沿って付けられた白いパイプをよじ登って、2階に到達せんとする人間の姿があった。バックパックを背負った大柄な男。まさか、こんな形で合うことになるとは思わなかった。

 奴は焦っているせいか、地上から近づいてくる男の存在に気付いていない。動きこそ身軽だが、大男が必死でパイプをよじ登っている姿を下から見るのは、いささか滑稽だった。

 私はテーザーをホルスターから抜いて狙いを付け、そいつがまだ射程内にいるうちに声をかけた。

「首相が見たいのか? もう遅いぜ。あきらめな」

 パイプにしがみついた男の背中がぎくりと震え、慌てて振り返って私の方を見た。帽子をかぶっていささか日焼けしていたが、まぎれもなくあの“釘打ち師”の顔だった。困惑と驚愕の表情が浮かんでいる。

 そいつは即座に私が何者であるのかを察したらしく、驚くほど素早い動作で腰に手を伸ばしたが、すでに構えて狙いまでつけていた私の方が速かった。

 引き金を引くと非常に軽い音と共に二本の針が飛び出し、“釘打ち師”の太ももに浅く刺さった。銅のワイヤーを通じてテーザーの本体から高圧電流が流されると、“釘打ち師”がパイプにしがみついたままガクガクと震える。

 すぐに抜け殻のようにパイプから離れ、あまり聞こえがよくない音と共に地面に激突し、それきり動かなくなってしまった。


 いつでも二発目を食らわせられるようにしながら近づくと、倒れた“釘打ち師”の頭のあたりからかなりの量の血が地面に広がっていくのが見えた。注意しながら頸動脈に触れてみたが、脈拍は止まっていた。

 それほどの高さではなかったし、あの図体とバックパックで何とかなるとは思っていたが、打ちどころが悪かったようだ。国際的な悪事を隠ぺいするべく、一国の首相を暗殺せんと派遣された恐るべき殺し屋は、パイプから落っこちて死亡しました。

 この上なく間抜けな結末だ。どっちにしても奴の仕事は失敗していた。仮にここで生き延びたとしても、間抜けの称号は不動だ。

「センチネル6からPC。タンゴを無力化。危険なし。収容チームを要請。シエラ1、警備に警戒態勢の維持を継続させろ」

 無線を司令部につなぎ、容疑者の有様を報告した、少佐と部長がいろいろと尋ねてくるが、細かいことは後で報告することにして、首相や他の閣僚の警備を続けさせた。

『PC。フェイズ4完了。警備体制をパターン4に移行せよ。経路上に障害無し』

 首相の演説が無事に終了したとの報告が入り、同時に応援を乗せた車のエンジン音が聞こえてきた。

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