第14話 コンディション・レッド

「センチネル6から各隊へ。定時報告を求む」

 10分ごとに、各チームからの定期報告が届けられる。私はそれを吸い上げてまとめ、司令部へと報告する手はずになっている。

 応答があってそれぞれのチームから順番に「異常なし」の報告が入るが、P7と名前の付けた学校の近くを警備しているチームのKキロ6の番になると、少し違う答えが返ってきた。

『こちらキロ6。異常なし。いや、外国人が……。大柄な中年の白人。バックパックを背負っています。標的タンゴの可能性あり。質問します』

 その言葉で、バンの中の空気がこわばるのが感じられた。自分の頭髪が軽く逆立つのが分かる。

「キロ6、注意しろ」

『隊員が接触。近づきすぎるな。え……』

 応答が途切れた。私は再び呼びかけて送信ボタンから手を離したが、反応が返ってこない。掌に汗がにじんできた。私の全身の筋肉がこわばりに応じるかの如く、周囲の空気が硬く凍り付いていく。


 P7はつい1年前に再開されたばかりの短大の校舎だ。小高い丘の上にあり、特に4階からは会場を良い角度で見下ろすことができる。そこを中心として、周辺に小学校と中高一貫の学校が置かれている。学校なので休日の人通りはほとんどなく、建物への侵入も容易になりがちで、警戒するべきポイントだった。

 距離は約600m。優秀な狙撃手ならば、首相を狙い撃つことができる距離だ。

「ドローンをP7に送ってモニターしろ。近くのチームを半分に割ってすぐに派遣するんだ。タンゴの可能性がある人物を見かけたら即座に捕縛しろ。発砲は許可されている。射殺してもいい」

 端末を操作するオペレーターに命じて、私はモニターをチェックした。あいにく、P7に最も近い位置にいるのはこのバンだった。Dデルタ3、Hホテル9のチームが近い場所にいるが、渋滞が起きているせいで遠回りになる。それに、私たちの位置が近いといっても、裏道を行けばの話だ。車では通れない。スクーターを使う必要がある。

「センチネル6よりPC。P7にタンゴ出現の可能性あり。キロ6は無力化された模様。これより確認に向かう」

 それだけ言い残し、私は外に出てスクーターにまたがった。警護の計画を立てる段階で、この周囲は嫌というほど歩き回っている。現場までのルートは頭の中に焼き付いていた。本来ならば自分の役目ではないが、他に対応できる人間はいそうにない。

 狙撃のプロにはなりそこなったが、警護を担当する者としてのプロ意識はある。


『ドローンがP7に到着』

「校舎の窓を全部チェックしろ」

『了解。窓は全て閉まって……。いや、動きあり。中に誰かいます。4階だ』

「タンゴか?」

『確認できない。クソ、窓を少しだけ開けやがった。準備しているぞ』

 私は頭の中でチームの配置の様子を再確認した。P7ならば、狙撃班のCチャーリー5が対応できる位置に配置されている。

「チャーリー5。4階の窓だ。確認でき次第撃て! 少佐につなげ。ボディガードに首相を避難させるように……」

『チャーリー5よりセンチネル6。情報は確かか? 4階の窓に人影は確認できず。窓は全部閉まっているぞ』

 そこで私はバイクを止めた。緊急事態に焦って脳に集まっていた血液の温度が一気に下がっていく。思考が冴えわたり、心が平静に戻った。

「チャーリー5、本当か? P7の窓は全て閉められているか?」

『センチネル6。その通りだ』

「ドローンからの映像はどうなっている」

『P7は窓が閉まっていますが、隣の建物で動きがあります。誰かいるのは確実です』

 そこまで聞いて、私は笑い出しそうになった。なるほど、そういうことか。

 バンのオペレーターは有能だが、狙撃の専門家ではない。暗殺者が現れた危機に集中して、別のことを見逃していたようだ。

『センチネル6。何事だ? 首相の避難か? すぐに……』

「必要ない。Sシエラ1、命令は取り消しだ。首相の避難は必要ない」

 ボディガードに命じようとした少佐の言葉に被せる形で、私は命令を取り消した。

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