第12話 釘打ち師

 会議室では、スケジュール、人員配置、警備体制、注意点の最終確認が進められている。注意しなければいけない点はいくつもある。首相の移動経路、待機室、車両、会場。いかなる場所にも不審な人物、不審な物は存在を許さない。

 もしも襲撃者がいた場合は警護の人間はどう対応するか、首相をどう逃がすか。うちの会社のスタッフが、警護官たちに叩き込んでいる。

 爆発物の危険性も見逃せない。移動経路や会場に爆弾が隠されている危険性。仕掛けられるとしたらどこが危険か。そのあたりの対処は軍の工兵部隊にいた社員が担当している。

 数日前から撮影機材を積んだドローンを飛ばし、移動が予定されている経路上に不審な動きがないかを常に見張り続けている。今のところ不審な動きはない。

 ドローンで爆発物を送り込んでくる可能性も考慮し、こちらが使うドローンには対ドローン用の投網発射装置を備えさせている。


 爆弾についての確認が終了すると、私が銃撃について説明する番が来た。

 現代でも昔でも、暗殺事件は世界中で発生しているが、最も多いのは至近距離から拳銃で撃つやり方だ。標的が一人で歩いているところ、あるいは油断しているところに拳銃を隠し持って接近し、十分近づいたところで無造作に複数発を撃ち込んで殺害する。

 シンプルだが確実性が高く、銃以外は特殊な道具が必要ない。少人数で行えるので足取りもつかまれにくい。

 こちらについては警護官が対処の要となる。首相には一切誰も近づかせない。万が一に銃が取り出されれば、彼らは文字通り盾となって首相をかばってもらう。ボディアーマーを支給しているので拳銃程度ならば死の危険性は低いが、手榴弾を投げ込んでくる危険性もある。その場合は、警護官にはその上に身を投げ出して爆発を抑え込んでもらうことになる。

 人間が上にかぶされば、手榴弾の爆発による被害を完全に抑え込めることは、過去から現代にいたるまでいくつもの戦争による事例から証明されている。警護官たちの首相への忠誠心は非常に高いので、彼らは躊躇なく身を投げ出すだろう。


 もちろんそんな事態になれば最悪なので、会場に入る人間には金属探知機と爆発物検出機をくぐってもらうことになっている。理想を言えば空港に設置されているような後方散乱X線検査装置やミリ波パッシブ撮像装置が欲しかったが、予算の関係から無理だった。

 ボディガードが付いていても、集団で襲撃して自動火器でボディガードごと射殺してくるケースもある。対処するために、完全武装した2個歩兵小隊を会場周囲に隠して配置させ、ドローンで周囲の人間の移動を常に監視させることになっている。

 移動に使うリムジンには可能な限りの防弾装備を施したうえで、前後を装甲車で護衛させる。交通規制も敷いて、対戦車ロケット弾対策として移動経路沿いの建物にも目を光らせる。


 警護官を訓練するにあたって口が酸化するほど酸っぱくして繰り返してきた対処の手順を言って、最後に狙撃対策について話を進めた。

 実際のところ、長距離からの狙撃による暗殺というのは数が多くない。アメリカのケネディ大統領暗殺事件が有名だが、裏を返せばあれはかなりのレアケースだということでもある。長距離からの狙撃は、至近距離から銃で撃つよりも高度な技術が必要で、確実に成功させるのは難しい。

 だが、使われたことがないわけではないし、一般的に公になっていない事例――特殊部隊の極秘任務ブラックオプスなど――では好んで使われている。特に今回は、非常に気を付けるに値するだけの情報が入っている。

 私はタブレットを操作して、プロジェクターにある表示させた。40代後半の白人男性の顔。力強い顎と、短く刈り上げた白髪の混じる暗いブロンドの髪。バストアップの写真だが、それだけでもかなり頑丈な体格をしているのが分かる。

 酷薄そうな顔に、強くすがめられた目をしている。狙撃手の目だ。

「前回も話したが、この男に注意してもらいたい。想定されているポイントに接近する者がいた場合、すぐに呼び止めて確認しろ。この男の特徴が当てはまっていた場合は、即座に撃てる態勢を整えておけ。絶対に一人で対処しようとするな」


 これが今回の警備で最も注意するべき相手だ。

 本名は不明。未確認の情報だが、南アフリカ出身で、国防軍の特殊部隊旅団レキに所属していたらしい。

 除隊後はフリーの殺し屋として、南米、中東などで、最低でも8件の殺人を実行したとされる。実際に行った数はその数倍になるだろう。シリアでは対物狙撃ライフルを使って1.8kmの狙撃を行い、クルド人の狙撃手を仕留めて賞金を受け取ったという噂だ。

 射撃が300m以内の場合は、確実に頭を撃ち抜いている。そこでついたあだ名が“釘打ち師”。人の脳天に弾丸を釘のようにぶち込む男という意味が込められている。

 この業界の横のつながりで、あまりに危険な人物については可能な限りの情報が回されるようになっている。PMCはあくまで合法なビジネスで、それゆえに国や国連、企業から仕事を受けることが出来ている。殺し屋や国際法で禁止されている傭兵と同じ扱いにされると、業界全体のイメージダウンにつながる。

 この“釘打ち師”もそんな危険な輩の一つで、動きに注意が払われている。私がこの国の警備コンサルティングに動員されたのは、紛争鉱物に関する黒い噂のある企業が“釘打ち師”に接触したとの情報がもたらされたのが理由だった。

 狙撃手から人を守るには元狙撃手の知恵が要る。

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