第11話 敵の多い男
会議室での打ち合わせにおいて、最大の懸念事項は首相の安全確保だった。内戦の終結に貢献し、復興と発展に粉骨砕身して結果まで出している誠実かつ有能な男。民衆から支持され、国際社会からの評価も高い。
それゆえに、彼には敵が多く、命の危険にさらされている。何かを変えようとするのであれば、常に敵が生じる。変化させる内容が、多くの人にとって良いものであれ、悪いものであれ、敵は絶対に生じる。
かつて仕事でかかわった実業家はこう言っていた。敵を作ったことのない者は、今まで何一つ成し遂げたことがない人間だと。そういう意味では首相も敵を持つ人間だった。
官僚と軍部がこちらの会社と契約を結んだのは、まだ内戦の傷が治りきっていない国において、首相と社会を守る力がすぐに必要だったことにも理由がある。
主な敵は内戦に血路を挙げていた民族主義・宗教原理主義に首まで浸った過激派の連中。お山の大将を務めていた自分たちの武装組織が解体され、従えていたはずの兵力が普通の生活に戻っていってしまったことに歯ぎしりしている。
未だ頑張ってジャングルでゲリラを続けようとしている輩は、うちの会社に訓練を受けた国軍によって駆り出され、ひっ捕らえられて社会に戻されるか監獄に入れられるかしている。そいつらにとって、首相は世の中のすべての害悪の代表者だった。何しろ、自分たちがふんぞり返っていた猿山を崩してしまったのだから。
当然ながら、そいつらの動向は常に追跡が続けられ、主だったメンバーや関係者の顔や行動履歴は警備チームに周知されている。戦力や技術は二線級レベルだが、自爆のようなイカレた手段を取ってくる危険もある。
だが、首相の敵は元お山の大将だけではない。まだ十分に開発されていない段階にあるが、この国は鉱物資源が豊かだ。旧植民地の時代に、すでにコルタンや錫、タングステン、金の鉱脈が確認されている。
内戦において武装勢力はそうした鉱物を資金源にしていた。村を襲撃して人をさらい、鉱山で働かせて手に入れた資源を外国へ売り、その金で武器を買う。いわゆる紛争鉱物だ。
奴隷を使って環境対策も安全対策もせずに掘らせているので、まっとうな鉱山由来のものに比べると価格が安い。利益に魂を売って倫理観や常識を忘れた企業はこぞって買い付け、それを肥やしに内戦はいつまでも続いていく。
その悪循環が問題視されたおかげで、現代では紛争鉱物はマーケットから締め出され、売る側も買う側も国際社会から制裁が加えられるようになっている。
それでもこっそり売ろうとするやつも買おうとするやつも後を絶たない。首相は経済発展のための資源開発と並行して、過去のそうした違法な採掘を洗い出そうとしている。当然ながら売る側だった武装組織は過去の悪行がさらに洗い出されることになるのだが、買う側にとっても都合が悪い事態になっている。汚い手段で掘り出された資源を格安で買ってほくほくしていた企業は、消したい過去が暴かれてしまう。
まだ確定していない情報だが、ある鉱山会社は内戦中に武装組織と提携して、タングステン鉱山になりそうな場所にあった村を“どけさせた”らしい。もちろん立ち退き交渉などあるわけもなく、銃弾と鉈で始末をつけた。
それが1回ではなく、いくつもあったとかいう話まで出ている。
これが本当なら、その企業は紛争鉱物の取引どころか、虐殺にまで手を貸したことになる。これが表ざたになるとよくない。そうなると、連中はどう考えるか?
商売のためにテロリストもどきと手を組んで村の一つや二つ潰してしまう輩なら、小国の首相ぐらいなら消してしまおうと考えてもおかしくない。実際にやった後は、首相を恨んでいる武装組織の仕業ということにすればよい。むしろ、利害が一致しているので進んで協力するだろう。
はっきり言えば、こちらの方が武装組織の連中よりもよほど厄介だった。国内にいないので動きが読めない。実際に首相を狙ってくるかどうかはわかっていないが、武装組織側に外国からの接触があったとの情報も入っている。そして、何よりも金と豊富な人材のプールがある。
ジャングルの中で素人相手にAK-47を乱射していた山賊もどきではなく、より高度な教育と訓練を受けたプロを送り込むことも出来るのだ。護衛と襲撃という目的の違いはあれども、この国が我々を雇ったのと同じように、首相を狙う側がプロを雇う危険は高かった。
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