【妖憑の少年&お節介役人】幕府の指令は絶対?!父探しの旅は続く

瀬居斉

プロローグ

第1話-妖狩の夜

 晩秋の乾いた風が、渺と哭いた。

 それに応えるように、カタカタと空しい音が聞こえてくる。

 どこか懐かしい響きにつられて、高槻は顔を上げた。気づけば、道の向かいから玩具屋が近づいてきている。人通りが疎らになりつつある参道で、その手押し車は寂しげに見えた。神社への参拝客が日の暮れになって減った為、商いを切り上げて帰途についている、というような風情だ。老人が引くには苦労しそうな大きさの車には、ところ狭しと子供の喜びそうな玩具が詰め込まれていた。

 その中でも、鮮やかな色合いのは良く目立った。質の良い和紙で丁寧に作られていることが、遠目から見てもよく分かる。

 一斉にくるくると回る風車。それが、上品な花の束のようにすら思えて高槻は目を細めた。


「一つ買っていくか、吾郎」

「え?」


 眼下の少年に声をかけると、間の抜けた表情を返された。

 烏の羽根のように黒い髪と瞳。生意気盛りの子供にしては落ち着いた顔つきをしているが、好奇心の強さを湛えた瞳は夕陽を映してきらきらと輝いていた。しかし、そんな歳相応の見目に反して、どうしても目を引くものが一つ。

 夜闇を詰め込んだような黒々とした鞘と、鮮やかな朱色の。大男が使うにしても不自由しそうな程に厚く、長い刀だった。

 少年は身の丈を優に越える大太刀を背に負って、当たり前のような顔で歩を進めている。

 あまりに大きな剣と、少年の影。既に見慣れた光景ではある。それでも、その不釣合いな印象を拭うことはできなかった。

 そんな高槻の心中をよそに、少年は照れくさそうな声をあげる。


「俺、もう餓鬼じゃないんですから。玩具で喜ぶ歳でもありませんって」

「まだ十と少しだろう。子供じゃないか」


 未だふっくりとした輪郭を残した頬と、どこか頼りない肩を眺めながら高槻は首を傾げる。ついでに、口元に薄く笑みを浮かべてやれば、面白いくらいむきな表情で少年が口を開いた。


「それに、吾郎って呼ぶのも止めてくださいってば」

「うん?」

「だから! 俺にはもう、っていう格好良い名前があるんです。いつまでも幼名で呼ばれてちゃ、恥ずかしいですよ」


 最後は尻すぼみになりながら、吾郎――隆輝が唇を尖らせる。


「ああ、わかってる。分かっているよ、隆輝。すまんすまん。からかいすぎた」


 そんなあどけない仕草を尻目に、高槻は気の無い声色で応えてみせた。そしてそのまま、いそいそと玩具屋へ足を向ける。


「お爺さん。その薄桜色の風車を一つ」

「はいよぉ」

「ちょ、ちょっと、高槻さん!」


 隆輝が焦ったように駆け寄ってくるが、知らぬ顔で支払いを済ませ、風車を受け取った。ちゃり、という銭の音が妙に鈍く耳に響く。


「まいどあり」

「こちらこそどうも」


 玩具屋が軽く笠を傾けて、頭を下げる。応えるように高槻も会釈を返した。すぐに、玩具屋の影が溶けて消える。刺すような斜陽に高槻は思わず顔を顰めた。参道に沿って両側にひしめく、背の高い茅がさやさやと揺れる。風に弄られる音に耳を傾けていると、ふと控えめな声が聞こえた。


「高槻さん。だから、俺は玩具なんて要りませんって。ただでさえ頼りっきりなのに。これ以上世話になったら、があたっちゃいますよ」


 袖を緩く引かれて顔を向ければ、隆輝がきまりの悪そうな瞳で見上げてきていた。夕陽のせいか、顔の陰影が一層濃く見える。なおのこと悲壮な表情に感じられて、高槻は唇を噛んだ。

 天真爛漫だった過去の隆輝の笑顔が、ふと脳裏をよぎる。今も明るい性格の少年ではあるが、こんな言葉が咄嗟に出る子供では無かった。


「そんな寂しいことを言うなよ、隆輝。むしろ、お前に助けられてばかりだ」


 この変化を成長と呼ぶには、あまりに痛々しいと思った。伸びやかに、健やかに育ってくれるだけで良かったのに。そんな未来を、俺が守り切れなかった。妨げてしまった。

 都合の良い感傷であると理解はしている。それでも、少年の分別の良い言葉は、高槻の胸に暗い影を落として止まなかった。


「ほら、回してみると案外楽しいぞ。やってみたらどうかな」

「えぇえ」


 頭を撫でながら風車を手渡してやると、隆輝がおずおずと手を伸ばしてくる。

はじめは釈然としないような顔つきをしていたが、歩を進めるうちに風羽根が気になりはじめたらしい。

 控えめにいじっては眺める、ということを繰り返すようになった。


「あ。それとな、隆輝」


 変わり映えのしない参道を進みながら、高槻は思いついたように口を開いた。


「そういう細やかなものは、想い人に贈ると喜ばれるぞ。覚えておいて損は無い」

「出たよ。高槻さんお得意の説法が」


 うんざりしたような表情にもめげず、高槻が二の句を継ごうとした瞬間。隆輝が朗々とした口調で遮る。


「――贈り物に、和歌でもつければ完璧ってものだよ。本歌取りをしつつ、自らの技巧も入り混ぜる。そうすれば気を引くのは簡単さ―― だったよね、高槻さん」

「あぁー、うん。参ったな。一本取られたか」

「どれだけ一緒に、調伏行脚をしてきたと思ってるんですか。俺、諳んじるのは得意なんです。あんなに再三聞かされてたら、嫌でも覚えますって。耳にが出来ちまう」


 そう言って、自らの右耳を引っ張りながら悪戯な笑みを浮かべてみせる。高槻がつい目じりを下げるのを見届けると、隆輝は徐に右手を上げた。風羽根がしっかりと風を含むように、健気に腕を精一杯に掲げる。するとすぐに、風車が火が付いたように勢い良く回りはじめた。

 一見虚しい光景を、隆輝はでも見るような瞳で眺めている。その一途な純朴さが儚いものに思えて、高槻は目を伏せた。

 風車が似合うような少年に、身の丈に合わぬ大刀を振らせている。その身を斬るような罪悪感が、風にまかれて原野に響くような気がした。


「高槻さん。ここですよね」


 声につられて顔を上げると、大鳥居が厳かに佇んでいた。大人を数人、縦に重ねても届かない程に巨大で、見上げると首が軋む。どこか煤けた朱色が、確かな年月の積み重ねを誇っているように見えた。転じて目線を下げれば、黒々とした影が地面にくっきりと落ちている。赤と黒。二つの鳥居が並んでいるようで、何だか面白いなあ。なんて間の抜けた考えが、隆輝の脳裏に浮かんでは消えていった。


「ちょっと待ってくれ」


 高槻が袖口に右手を差し入れ、鈴を一つ取り出す。精緻な葵の装飾が施されており、品のある銀の輝きがなんとも美しい。組紐の部分を指先で摘み、静かに胸元まで引き上げる。そのまま高槻は瞼を閉ざし、呼吸すらも絶えたような静けさを身体に満たした。


―――チリィン、チリ、チリン。


 高槻は身じろぎ一つしていない。それにも関わらず、生き物のように鈴が跳ねては透き通った音を立てた。


「ここで間違いなさそうですね」


 落ち着きの無い鈴を指で弾いて遊びながら、隆輝が口を開いた。


「ああ。――隆輝、いけるか?」

「もちろん。高槻さんは、いつも通り結界張りをよろしく頼みます」

「元より承知してるさ。存分に剣を振るってくれ」

「ありがとう」


 引き締まった表情で隆輝が応える。風車を高槻に手渡すと、子供らしさの残り香は消え去り、鋭い眼光だけが残った。雲を茜色に染めていた太陽もいつのまにか成りを潜めて、薄闇が足元まで押し寄せて来ている。隆輝の黒髪が、全身が。なにか別のもののように拍動した。


「行きます」


 後ろ手に柄を握り締め、隆輝が奔った。


 左右を灯篭に挟まれた、苔むした石段。それを一息に駆け上り、翔ぶ。常人では届くべくもない高み。先ほど目にした鳥居もかくやというほどの跳躍を難なくこなし、少年は月影を負った。

 掛け紐は既に解き、投げ捨てている。隆輝は勢いのままに、刀を鞘ごと足裏で抱え、鯉口を切った。




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