變娥ちゃんは変化する

鬼来 菊

入学式

 彼女は校門に入った時から注目されていた。


 いや、入る前から注目されていた。


 カタカタと鳴る台に乗せられ、今は金魚鉢の中にいる。


 え? 人なのかだって? もちろん人間だ。


 ただ……容姿の大半が人間じゃないだけで。



 入学式の為、学校の廊下は大量の人でいっぱいだった。


 それと比例して声もいっぱいだった。


 ただ、彼女がエレベーターを使ってこの階に来た時には、廊下はシンと静まり返っていた。


 ただ、彼女の乗っている台のカタカタ音だけが辺りに響く。


 皆が彼女を見る。先生ですら見る。


 そして一つの教室に入っていく。


 それを見た生徒達は急いで廊下に張り出されているクラス分け表を見た。


 彼女と同じかどうか急いで見たかったのだろう。


「うっしゃ、俺違うぅー!」

「えっ、私同じなんだけど……」

「えーまじ? 私あいつと同じなのヤダわ。絶対めんどいじゃん」


 といった会話がそこかしこで行われる。


 ぶっちゃけこの時の俺も同じ様な感じだった。


 彼女と同じか否か。そこを心配していた。


真山みやま……真山……」


 右から左にずらぁーっと並んでいる名前を見て自分の名前を探す。


「あった!」

 ――が


「…………あの人と同じだ……」


 先程彼女が入ったクラスと同じであった。

 とぼとぼとそのクラスに入る。


 他にも生徒がいたが、彼女の事を見ていない人はいなかった。


 黒板に席順が描いてある紙が貼られてあった。


 この学校は珍しく名前順では無いらしい。


「どこだ……?」


 クラスにある席と紙に描かれた席を見比べる。


「あっ、あそこだ」


 右から二列目、前から三番目の席だ。


 ……いたって普通の席である。


「えーと右の人は、木田きのだ 了一りょういちさんで……左は……變娥へんか 嬋爲せんい……さん……?」


 左の人の名前はなんだ? 中国人か?


 まあいい、席に座ろう。


 そう思い座ったが……


「……マジかぁー」


 と小声で言う。


 理由は単純、隣の席の机の上には金魚鉢が置かれていて、その中に一匹、魚がいた。


 種類はよく分からないが、小型魚だ。


 そう、俺は入学して早々この学校で一番有名な人の席の隣になったのだ。


 もちろん良い意味で有名ではない。悪い意味でだ。


 続々と人が入ってくるが、やはり彼女を見る。


「なにあれ……」

「魚……?」

「どうやって入試受けたんだよ」


 様々な彼女に対する陰口が教室内を飛び交う。


「はい、皆席に着いてー」


 入って来た先生がそう言うと皆が自分の席に座った。


「えー、今日からこのクラスの担任になる、飯島いいじま 名尾史なおふみだ、よろしく」


 生徒達が一斉に「よろしくお願いしまぁーす」と言う。


「はいじゃあ皆自己紹介しようか」


 先生のその発言で生徒達が一瞬彼女を見る。


 俺も例外ではない。


(喋れるの?)


 恐らく全員がそう思っただろう。


「ほらほら、じゃあ出席番号順に自己紹介してってー」


 そして自己紹介が始まり、遂に彼女の番となった。


「…………」


 全員が彼女を見る。


「……バビブベバボボビベ」

「「「!?!?」」」


 水の中にいるので何を言っているのか分からない。


「ブベババビブブボベベババブバ」

「はい、ありがとう」


 先生はなんで分かったんだ!?


 その後、俺も自己紹介をしてクラスで少し会話する時間が始まった。


 ……隣の席だし、行ってみるか。


「や、やあ」

「バビベ」


 ……分からない。


「その……魚……なの?」

「バババビブベバボブビ」


 会話……出来ないな。

 でも、隣の席になる訳だし会話したい。


「えーと……ごめんなんだけど何て言ってるか分からないから「はい」の時は君から見て左に、「いいえ」の場合は右に動いて」


 彼女はこくりと頷いた。


「えーと……まずは魚……なの?」


 彼女は右は移動した。


「じゃあ人……って事だよね? うーん……なんかの病気とか?」


 彼女は左に移動した。


「へぇー……マジか」


 それ以降は流石に会話できなかった。


 大変だねなんていう言葉を軽々しく言える訳ない。


 そしてそのまま会話タイムが終わり、俺らは変える事になった。


 彼女はまたカタカタと鳴る台に乗せられて帰っていく。


 明日も試しに話しかけてみよう。


 そう思いながら帰った。

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