ジャンバルバラ山岳地帯1

 いつのまにか空気は酷く乾燥し、ついこの間までいたあの湿地が、嘘のような乾いた荒野が広がっていた。


 赤土の大地に赤銅色の岩山がそそり立っている。ついに最後の目的地ジャンバルバラ山岳地帯に突入したのだ。

 

「ごらん。あそこにそびえるのが天剣峰あめのつるぎのみね、またの名をエクスカリバー。この大陸を南北に隔てる難攻不落の大山脈、天剣山脈の最高峰に位置するのが、あのエクスカリバーじゃ」

 

 天剣峰は、まるで雲の中から地に突き刺さるように伸びていた。その姿は、まさしく天剣あめのつるぎの名に相応しく、天界に座す神が地に突き立てた大剣のような圧倒的な威光を放っていた。

 

 連なる山々は荒々しく尖り、ひび割れ、砕け散って、山を越えようとする者を拒んでいる。


 その姿は神が突き立てた刃によって、大地が波打ち、歪みに耐えきれずに砕けることでこの山脈は産まれたという伝説を信じさせるのに、十分な説得力を持っていた。

 

「エクスカリバーは地の底に繋がる深い穴を穿ったと言われておる。そこに造られたのが地下神殿じゃ。だれがいつ造ったのかもわかっておらん。何のための神殿かもわからん」

 

「つまり天剣峰の麓を目指すということか」


 ハンニバルがつぶやいた。

 

「さよう。もしそこに何もなければ、この広大な山岳地帯を探し回るはめになる」

 

「おいおい! 歩いてこの山を探し回るなんて御免だぜ!?」


 パラケルススはカインを睨んでわしも御免じゃと毒づいた。

 

「とにかく進もう。ここにいても仕方ないよ」

 

 一行は天剣峰を目指して荒野をひた進んだ。枯れた川底を掘り起こして水を探し、岩の裏に潜む蜥蜴を捕らえて食料にした。

 

 ある日、カインは暗い灰色をした大きな蜘蛛を見つけてみんなを呼び寄せた。

 

「蜘蛛は食えるよな?」


 カインがみんなの顔を見回す。

 

「ワタシの故郷、蜘蛛食べマス! でもこの蜘蛛、見たことナイ……」


 パウは露骨に怪しいぞという顔をしている。

 

「やめなよ。どう見ても毒蜘蛛じゃないか」


 スーが顔をしかめてカインを止める。

 

「毒は血液に入らねぇと効かねぇさ! 多分だけどな……」

 

 カインは蜘蛛をナイフで突き刺すと焚き火で炙って食べてしまった。

 

「!! うめぇ!! 蟹の味だぜ!!」


 カインはみんなにも勧めたが誰も食べなかった。

 

 その夜のこと、カインは案の定毒にあたった。


 錯乱したカインが何も無い空間を指して、そこの棚から砂糖を取ってふりかけるんだと言い出した時にはどうしようかと思ったが翌朝には元のカインに戻っており一行は胸を撫で下ろした。

 

「面目ねぇ」

 

「まったくだよ」

 

 カインはスーにこっぴどく叱られていた。その光景をネロとベルはクスクス笑いながら見ていた。

 

「しかし食糧不足は深刻じゃ。なんとかならんものか」


 パラケルススは石ころを杖でつつきながら言った。

 

 旅が進むに連れてパラケルススは弱っていた。強力な魔法の酷使や怪物との激しい戦闘が堪えているのだろう。


 ネロはそんなパラケルススに蜥蜴や水を譲ろうとしたがパラケルススは頑として受け取らなかった。

 

「お前さんは世界の希望なんじゃ…」


 パラケルススはいつもそう言ってネロの頭に手を置くのだった。

 

 山岳地帯に入って数日が経ったある日、一行は深い峡谷の谷間を進んでいた。峡谷には細かい砕けた石が道一面に散らばっていた。道の両脇は鋭く尖った岩壁が連なっており、登ることは不可能だった。その崖の間を狭い一本道が曲がりくねりながら、奥へ奥へと続いていた。

 

「まるで造られた道みたいだね」


 ネロはハンニバルにささやいた。

 

「ああ、たしかにそう見えるな。だが恐らくは天然の道だ。雨季には水の通り道になるんだろう」

 

 そんなことを話していると峡谷の終わりが見えてきた。一行は少し身構えながら峡谷を抜けた。

 

 そこには断崖絶壁に囲まれた開かれた空間が待っていた。横長の楕円形の広場の奥には石造りの寺院が静かに佇んでいた。

 


 寺院のすぐ背後には天剣峰の滑らかな山肌が垂直に切り立っている。


 近くで見ると天剣峰は翡翠か瑪瑙めのうのような質感の岩石で出来ており、その表面は恐ろしく滑らかだった。


 引っ掛かりの無い垂直な壁を登ることは、どんな生き物にも到底不可能に思えた。

 


 赤土の大地のなかに鎮座する、深緑の翡翠で建てられた寺院は幻想的な空気を放っている。そして赤茶と深緑の対比に、どこか不気味な気配さえ漂っていた。

 

「きっとあそこに地下神殿の入口があるんだよ」


 ネロはパラケルススに言った。

 

「そう願おう…」

 

 寺院の周囲には不気味な石像が無数に打ち捨てられていた。石像は濃い翡翠色の鉱石で造られており、どれも頭が砕かれていた。手足が無いものもたくさんあったが、どうやら人型ひとがたの石像であるのは間違いなさそうだった。

 

 砂に半分埋まったもの、バラバラに砕けたもの、そんな石像の墓場ともとれるような広場を抜けて、一行はとうとう寺院の前に到着した。

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