別れ
翌朝早く一行は南に向けて出発した。というのも焚き火が尽き始めたころから、ブユや蚊、刺し蝿など血を吸う羽虫達が群れを成して襲ってきたからだ。おかげで一行はあたりが薄っすらと明るくなる頃には、荷物をまとめて出発することになった。
「ひどく痒いデス」
デコボコになった頭を掻きながらパウがつぶやいた。
「まったくだぜ!!」
カインもボリボリと首のあたりを掻きむしりながら吐き捨てるように言った。
沼の水位はとうとう馬の腹のあたりまで達しており、一行は汚水にまみれて悪戦苦闘しながら進んでいった。
「毒荊棘が増えてきたのお……」
パラケルススが目を細めた。
「パラケルスス、これに刺されるとどうなるんだ?」
ハンニバルが尋ねる。
「麻痺性の神経毒らしい。犠牲者は荊棘の養分にされると聞く」
一行は荊棘に触れぬように慎重に進んでいった。しかし進むにつれて荊棘は繁茂し、一行の行く手をじわじわと塞ぎ始めた。
「クソ! ツァガーン! こっちだよ! こっちに行ってみよう!」
先頭を行くスーが苛々しながらな進路を変える。
「まったく! 忌々しい毒蔓め!」
スーは何度も同じ場所を行ったり来たりしながら吐き捨てた。
「スー・アン。もう無理じゃ。おぬしも解っておろう」
パラケルススが静かに言う。
「ああ!! わかってるさ!! 少し黙っててくれないかい!?」
スーはパラケルススに噛み付いた。パラケルススは静かにスーを見つめている。
「なんとかなるはずさ! 一回戻って迂回するのは? 駄目だ。あっちは嫌な気配の方向だよ。考るのよスー・アン。何か方法があるははずだよ」
苦悩するスーをみんなが黙って見守っていた。ついにカインがスーの隣に立って言った。
「スー。現実を見るっきゃねぇ。ここから先、馬は一緒に行けねぇよ」
カインに諭されてスーが見つめた先には、荊棘の茂みが立ちはだかっていた。そこには人一人がやっと通れるような荊棘の洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「なんなら、ツァガーンたちと一緒にここで待ってもいい。俺たちは堕天の燈火を始末したら必ず帰ってくる」
話すカインを見つめるスーの瞳は涙でいっぱいになっていた。
スーはカインの胸に顔をうずめると小さく震えながら泣いていた。しばらくするとスーは顔を上げて小さな声で言った。
「アタシは最後までアンタ達と一緒に行くよ」
スーはツァガーンの首に抱きつくとたっぷりと時間をかけてツァガーンを愛撫した。ツァガーンの鞍や手綱を解くとスーはツァガーンの頭に自分の頭を付けて優しく話しかけた。
「ツァガーン。アタシの可愛い子。必ず帰るから湿地を抜けた先にある平原で待ってるんだよ。他の子達のことも頼んだよ。アンタが守ってあげて」
ツァガーンはスーの言葉を聞くと大きな声で
「いい子だから。言うことを聞いておくれ。アンタがここで待っててくれなきゃ、アタシ達は国に帰れないんだ。必ず帰ってくるから」
スーはツァガーンの目を見つめて懇願するように言う。ツァガーンは輝く美しい瞳でスーの目を見つめている。
スーはもう一度ツァガーンの首に腕を回すと涙を流してつぶやいた。
「大好きだよ。ツァガーン」
ツァガーンの瞳が一瞬揺れるように輝いたのをネロは見た。ツァガーンはスーの襟元を優しく食むと馬達を引き連れてもと来た道を引き返していった。ツァガーンは一度だけ高らかに嘶きを上げたきり、こちらをふり返ることはなかった。スーはツァガーン達が見えなくなったあともずっとツァガーンが消えた方角を見つめていた。
スーは涙を拭うと荷物を背負って進みだした。そんなスーの姿を見るとネロも泣きそうに辛かった。ベルは涙を流している。
「すまない。時間を無駄にしたね。出発しよう」
スーの言葉で一行は出発した。一行は胸のあたりまで沼に沈みながら荊棘の隙間を掻い潜って、湿地の奥へ奥へと進んでいった。
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