邪悪なる大湿原2
「邪悪なる大湿原に入ったとみていい…」
パラケルススが地図を広げてつぶやいた。
邪悪なる大湿原はジャンバルバラ山岳地帯の前に広がる巨大な湿地帯だった。
パラケルススいわく、ここにはかつて魔導兵器の実験場があったという。
その成れの果てが邪悪なる大湿原だというのだ。
実験の失敗で水源が汚染され、危険な遺伝子組み換え植物が生態系を破壊した結果、生命の侵入を拒む死の湿原となったそうだ。
「ここからは植物に触れないように慎重に進もう」
ハンニバルの提案で一行は肌を布で巻いてできるだけ素肌を出さないようにした。
「嫌な悪霊たくさん感じマス……特にアッチの方角からデス」
パウは東の方角を指して言った。
「ならばそこは避けて進もう。目的のジャンバルバラ山岳地帯は真南の方角じゃ。幸いなことにな」
パラケルススは南を杖で指しながら言った。
先程まで生えていた葦やガマの穂に混じって不気味な色をした
「この荊棘嫌な感じがする…」
ベルがネロにささやいた。
「そうだね。触らないように気をつけて」
ネロはみんなにもそう伝えた。
一行はなんとか乾いた土地を選んで進んでいたがとうとうそれも難しくなってきた。
馬の脚がぬかるみに沈むような場面が増えてくると、一行は荷物をできるだけ高くして沼に浸からないようにしながら湿地の奥へと歩を進めた。
気がつくとあたりは大湿原の名前にふさわしい、どこを見ても沼とぬかるみだけの景色になっていた。
水気の少ない土地には毒々しい荊棘がはびこり行く手を塞いだので、一行は仕方なく沼の中をすすむことになった。
「今夜はこの倒木で休もう」
ハンニバルが沼に浮かんだ巨大な枯れ木を指して言った。
枯れ木は沼に倒れて半分沈んでいたが荊棘に巻かれることもなく、かろうじて浮島の役割を保っていた。
水に触れているところは腐ってぼろぼろになっていたが、なんとかみんなが上に乗って眠ることはできそうだ。
枯れ木に泥を乗せて火を焚くための土台をこしらえると、集めてきた枯れ枝や葦の太い茎を薪にして火を灯した。
その夜は新月で美しい星空だった。
空一面の星が、沼にもその瞬きを落としては反射し、一行はまるで星の海の中を漂流する流木の舟に乗ったような気分だった。
ネロはベルのところにいって何やら耳打ちすると、ベルはクスクスと笑って頷いた。
次にネロはカインの隣に座って耳打ちする。
「今とってもいい雰囲気なんじゃないの? ベルはしばらくスーのところには行かないよ」
それを聞いたカインはネロの頭をゲンコツでぶつとむくりと立ち上がった。
「行ってくる…」
それだけ言うとカインはわざとらしくスーに声をかけた。
「よう!」
カインはどかりとスーの隣に腰掛けた。
離れた場所でネロとベルが見ていると、パウもニヤニヤしながら輪に加わってきて、三人は成り行きを見守っていた。
「昼間は汚らしい沼地だったけど、夜はこんなにも綺麗になるなんてね」
スーが星を見つめながらつぶやいた。
「美しさはどんなに隠そうとしても隠しきれねぇもんさ…」
「アンタみたいにかい?」
カインが最後の決め台詞を言う前にスーが切り返した言葉のせいで、カインは面食らって口ごもってしまった。
「な、なんで俺が美しいんだよ!?」
カインは気を取り直しておどけてみせたがスーは引かなかった。
「アンタ、呪いのせいで酷い目にあってきたんだろ? それなのに初めてネロに会ったときから、アンタだけがネロに別け隔てなく接した…」
「アタシは違う。ネロを坊やだと思って見くびってたし、仲間のこともただの道連れ程度に思ってた」
「アンタは自分を邪険に扱うパウのことも恨んじゃいなかった。命がけで助けたこともあったね」
スーはそう言ってクククと思い出し笑いをしたかと思うと、真剣な顔でカインを見つめた。
「アタシはアンタのこと強くて優しくて美しいと思うよ」
しばらく二人は黙って見つめ合っていたがカインが頬を掻きながら言った。
「バカ野郎。照れるじゃねぇか……」
照れ隠しにカインは笑った。二人はしばらく声を出して笑いながら星を見上げていた。
成り行きを見守っていた三人だったが、我慢できなくなったパウがタンバリンを叩きながら二人を冷やかしに出ていき、星の美しい夜はいつもの通りに更けていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます