六つ目狼2
「シャイアン。シャイアン。炎の精霊キーゼェコニィ。来たれ。来たれ。我が槍に」
パウは地に伏して祈り、木の皮を揉みほぐした繊維に火をつけてフゥーっと息を吹きかけた。
するとキラキラと光りの粉を撒き散らしながら燃え上がる美しい炎がパウの槍の切っ先にとどまった。
燃える槍をグルグルと回転させながら、パウは馬の上から飛び降りざまに六つ目狼を切りつけた。ジューッという音を立てて狼の傷口が焼かれた。焼かれた傷はすぐには回復出来ない様子だった。
「炎の攻撃しマス! 炎の攻撃正しいデス!」
パウは皆に聞こえるよう大声で叫んだ。
それを聞いたスーは固形の脂を
狼を二人が抑えている間に、パラケルススとカインはハンニバルの傷の手当をしていた。
「すまん…」
「気にするな旦那!! 旦那がいなかったら最初の触手で皆こうなってたさ」
薬草を傷口にあてながらカインが応える。
「まさか六つ目狼まで現れるとわ…!! 一体どうなっとるんじゃ…!?」
パラケルススがハンニバルに包帯を巻きながら悪態をついた時だった。
「ギッギッギッギッギィヤァアァア…!!」
巨大な猿の叫び声が聞こえてきた。見ると建物の屋根の上にクリムゾンエイプが立っている。
クリムゾンエイプは六つ目狼を見付けるやいなや、屋根から飛び降りて頭を棍棒で木っ端微塵に殴り飛ばした。
六つ目狼は突如頭を失って、正気を無くしたようにデタラメに周囲を触手で切りつけ始めた。
「考えうる最悪の状況になった…!!」
パラケルススが飛び散った肉片を睨みながら呟いた。すると案の定、肉片は小さな六つ目狼へと姿を変えていった。
一同は小狼に追われるような形で、本体の六つ目狼から離れて戦っていた。
ネロはその様子を路地の角から見つめていた。クリムゾンエイプは小狼を叩き潰しては口に運んで、食べるのに夢中な様子だった。その隙に狼の本体はどんどん失った頭部を再生させていく。
ネロの頭にある考えが浮かんだ。しかしすぐに、もしも失敗したら? と不安がよぎる。
「大丈夫」
突然ネロの耳元で声が聞こえた。光と声に驚きながらも、傷つく仲間を見てネロは覚悟を決めた。革袋から竜火草を取り出すと。路地から飛び出して小狼に向かって甘えた犬の声で叫んだ。
「クゥーン!! クゥーン!!」
すると小狼たちは一斉にネロの方に目をやった。
「ネロ…!! 何してる!! 戻れ!!」
ハンニバルが大声で叫んだが、ネロは構わず作戦を続けた。わざと足を引きずりながら歩いて、自分を恰好の弱った獲物に演出した。
作戦は功を成し、小狼たちはネロに向かって飛びかかってきた。ネロは急いで路地に逃げ込むと狼が全て路地に入るまでジリジリと後退しながら時間を稼いだ。
「来ちゃダメだ! 僕は大丈夫!」
ネロはそう叫ぶと竜火草を飲み込んだ。すると肺の中の空気が燃え上がり、焼けるような痛みが喉に走った。
「ぐおぉぉぉおぉぉおぉおおーーー!!」
ネロは叫びながら灼熱の火柱を口から吐き出した。その炎の勢いは凄まじく、狭い路地で逃げ場のなかった小狼の群れは、瞬く間に焼け焦げて煤になり骨も残らなかった。
その光景を目にした仲間はすぐにネロがとった行動を理解した。炎が収まるとハンニバルがネロのもとに急いで駆けつけて言う。
「大丈夫か!? なんて無茶なことを…」
「ゲホゲホ……お、
「なんだと?」
ハンニバルは驚いてネロに聞き返した。
クリムゾンエイプは小狼を食い尽くすと、本体の六つ目狼に向かっていった。
六つ目狼は治った頭部をゴキゴキと鳴らしてクリムゾンエイプを迎え撃ったが、クリムゾンエイプの圧倒的な大きさを前にして、戦いあぐねている様子だった。
生存を重んじる野生の勘は、無益な狩りに敏感に反応した。六つ目狼は少しづつ逃亡の気配を見せ始める。
するとスーの放った矢とパウの放った燃える槍がクリムゾンエイプに命中した。巨大猿は槍を引き抜くとそれを地面に放り投げて二人をギロリと睨みつけた。
クリムゾンエイプの意識が六つ目狼から逸れているうちに、ハンニバルはエーテルを全開にして六つ目狼の前に立ちはだかった。
「
ハンニバルは一筋の黒い雷を剣に纏った。それはあたかも剣に纏わりつく一匹の黒い龍のようだった。
小さな獲物が放つ傲慢な気配に激昂した六つ目狼は牙を向いてハンニバルに飛び掛かる。
しかしハンニバルは飛び込んでくる六つ目狼の爪と触手をするりと躱し、一太刀のもとに狼を頭から尻尾に向かって真っ二つに両断した。
両断された六つ目狼の断面には無数の目がびっしりと付いていた。その目が全てギョロギョロの動き回ったかと思うと、二つになった身体は、それぞれが一匹の六つ目狼になるべく再生を開始した。
「パウ! スー! もういいよ! 逃げて!」
ネロが叫んだ。
「これでも喰らえ!」
カインがとっておきの痺れ煙幕を投げつけると、パラケルススが風の魔法で煙幕を渦巻かせた。二匹の六つ目狼と巨大猿は煙幕にまとわり付かれてその場を動けなくなった。
一行はその隙に馬を走らせて集落の外れまでやってきた。すると先程まで戦っていた方角から、この世のものとは思えないような絶叫と破壊音が響き始めた。
「さすがのクリムゾンエイプも、六つ目狼二匹が相手では、そう容易く事は運ぶまい」
パラケルススが言った。
「お前の作戦のおかげだ。あのままでは全滅もあり得た。ありがとうネロ」
ハンニバルがネロの頭に手を置いてそう言った。
一行は時折聞こえる叫び声に振り返りながらも、次なる目的地、チルノン山脈を目指して粛々と馬を走らせた。
誰一人として口には出さなかったが、隣り合う濃厚な死の気配をつぶさに感じ、一同の胸中に凍えるようなある種の予感が渦巻き始めた。
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