前夜2

 ハンニバルが去るとパウが興奮した様子でネロのところにやって来た。

 

「スバラシイねッ…!! ネロ…!! アナタこの三週間で戦士ナッタ!! ワタシの故郷、師匠と闘うコト、それ戦士の証…!!」


 パウは目をキラキラと輝かせながら、ネロの手を両手で握り上下にブンブンと振り回しながら大声で叫んだ。

 

「必ず師匠倒す! ワタシ、アナタ応援する!」

 

 試合までの間、パウは付きっきりでネロの構えや重心の位置を手直しした。パウの構えや体重の運び方はまるで踊るように軽やかだった。


 体重の軽いネロにはパウの動き方がしっくりくるような気がした。カインはその様子を眺めながら燻製を仕上げていたが時々、ああグローブがあればとか、ああマスタードの実があったらな、などと大きな声で愚痴をこぼしていた。

 


 夜になって篝火を焚くころ、ネロとハンニバルの最後の訓練が始まった。パウはいつも大切そうに背中にかけていた、皮製のタンバリンを激しく叩きながら戦いの叫び声をあげていた。カインとスーは片手に肉を持ちながら好き勝手に野次を飛ばしている。

 

「集中しろ。五分耐えきればお前の勝ちだ。生き残ることに意識を使え」


 ハンニバルはそう言って背中の剣に手をかけると右構えに大刀を握った。


 ネロは体中にエーテルを張り巡らせて腰の剣を逆手に持ち、ハンニバルが剣を構えた側に飛び込んだ。


 ハンニバルはスッと体を半歩引き、自分の間合いを潰させない。


 ネロは小回りを活かしてハンニバルを撹乱しようと動いたがどうやってもハンニバルの目線を引き離すことが出来なかった。

 

 ハンニバルが後ろに構えた足で、どっと地面を蹴ると、一瞬で間合いを詰めてネロに強烈な体当たりをかます。


 ネロは吹き飛ばされて地面に転がったが、反動を使ってすぐさまが起き上がり、ハンニバルの追撃を逃れた。

 

 ハンニバルはまるで重さなど全く無いのではないかと思うくらい軽々と大剣を操っていた。振り下ろす動作や、薙ぎ払う動作に予備動作がまったくない。全ての動きが次の動作の布石になっており、ネロは躱すことで精一杯だった。

 

 危ない! とか、避けろ! とか、そこだ! とか周りからは口々に叫ぶ声が聞こえたが、ネロにはそれにかまっている余裕など微塵もない。

 

「そうだ。それでいい。無理に倒す必要はない。とにかく生き延びることが重要だ」


 ハンニバルはそう言うと周りの空気がビリビリと震えるほどのエーテルを練り上げた。


「おいおい!? 旦那!! さすがにそれはやりすぎだろ!?」


 カインが叫んだ。


「ネロ。これを防げなければ確実に死ぬ。お前はこの危機をどう乗り越える?」


 ハンニバルはそう言うと自分の剣にエーテルを注ぎ込んでネロに撃ち放った。

 

 まるで黒い雷のようなエーテルがネロに襲いかかる。ネロは咄嗟に自分の靴と服と剣にありったけのエーテルを注ぎ込んで横っ飛びに身を躱した。妖精の靴ミルトスは疾風のように素早くネロを跳躍させた。それでも躱しきれない黒い稲妻をエーテルを纏った黒剣ノワールで受け流し、それでも捌ききれない稲妻はジュゴンの皮の服でなんとか受けきった。

 

 息を切らしながらネロがチラリと斬撃の跡を見ると焼け焦げた地面が大きく抉れていた。


「うおおおお!!」


 歓声をあげて皆がネロに駆け寄ってきた。


「よくやった! ネロ! すげえ奴だよ! お前は!」


 カインがそう言ってネロを抱きしめた。


「あの時もっと深く踏み込んでいれバ、もっとヨカッタ! デスが最後のジャンプはスバラシイ!」


 パウも興奮して目をギラギラさせながら激しくネロを揺さぶった。


「よく生き延びたね! アタシは死ぬんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ! ツァガーンもだってさ…!!」


 見ると向こうではツァガーンも興奮して前足で地面を踏み鳴らしていた。

 

「立てるかネロ? よくやった。合格だ」


 ハンニバルが近づいてきて手を差し出した。ネロはその手を取って立ち上がろうとしたが上手く立てなかった。


 そんなネロを見て皆は大笑いした。パラケルススは少し離れたところで杖を構えてじっと見ていたが、ネロが無事に最後の一撃を躱したのを見届けるとどさりと座り込んだ。


 どうやらネロが避けきれなかった時はパラケルススが魔法で助ける算段だったようだ。

 

「ネロ。お前はとにかく生き残ることを考えるんだ。他の皆に何があってもだ。どんな危機がおとずれても絶対諦めるな。なんとしても生き残ることを考えろ」

 

 ネロはハンニバルの金色の瞳の奥に、どこか切ないような、黒い光が瞬いた気がした。ネロはその瞳をまっすぐ見つめて頷いた。キリル平原に入る前夜、最後の平和な一時だった。

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