陰謀の気配1

 評議会が終わりネロはパラケルススに背中を押されながら二人で議会堂をあとにした。


「あの……」


 ネロがパラケルススに質問しようとした時だった。すらりとした長身の男が颯爽と現れて、唐突にネロの肩を抱いて話しかけてきたのだった。

 

「いやぁ! ネロ! 先程は実に素晴らしかったね!」


 ネロは突然の出来事に困惑した。その困惑を見透かしたように男は話す。


「これは失礼! 自己紹介がまだだったね。僕は十三貴族、双子座のゲミニ・ジョバンナだよ。気安くジョバンナと呼んでくれたまえ」

 

 ジョバンナは微笑みながらそう言った。しかしネロはこの男に対してなんとも言えない不信感を抱いた。ジョバンナはすらりと背が高く、金髪の美男子でクチナシの花のような素敵な香りがした。


 男でも女でも彼に話しかけられると皆浮ついた気持ちになる。そのような雰囲気をジョバンナは持っていた。


 それになのにネロは、どうしてもこの男が信用できない気がしてならなかった。会って十秒ほどしか経っていないというのに。

 

「何が素晴らしいのか僕にはわかりません」


 ネロが答えるとジョバンナは「おいおい」と言った様子で両手の平を空に向けて頭を左右にふるのだった。 


「何って君の勇気に決まっているだろう? あのブラフマン王を前にして、あんなにもはっきりと意見できるやつを僕は見たことがないよ! そこにいるパラケルススを除いてね」


 ジョバンナはパラケルススの方にちらりと目をやってから、ネロの肩に回した手にぐっと力を込めてパラケルススに背を向けるような形になった。

 

「ネロ。素敵な提案があるんだ……もし僕のお願いを叶えてくれれば君とお母さんを今すぐでも自由にしてやる。嘘じゃない。本当だ!」


 ジョバンナは矢継ぎ早に畳み掛けるように言った。

 

「僕を信じろ。この世界は嘘だらけだネロ。誰も信用するな」

 

 ジョバンナは目の奥を邪悪に輝かせてネロにささやいた。ネロがどう反応すればいいのか迷っていると、その迷いを確認するように目の奥を覗き込んでこう続けるのだった。

 

「なに。簡単なことさ。ある人物を殺してほしいんだ」

 

 驚いたネロは咄嗟にジョバンナの手を振り払った。


「ある人って……?」


「それは了承って意味でいいのかな?」


 ジョバンナは邪悪な笑みを浮かべながらネロの目を見つめる。


そうだ。この目が僕は嫌なんだ。この目がこの男を信用できなくさせる根拠だ。ネロは嫌悪感の原因を理解した。するとパラケルススがすっとネロとジョバンナの間に割って入った。

 

「良からぬことを企んでおるようじゃの。ゲミニ・ジョバンナ」


「良からぬこと? 素敵なことだよ。パラケルスス」

 

 パラケルススはジョバンナを睨みつけて微動だにしない。ジョバンナは相変わらず邪悪な笑みを浮かべている。その場の空気がチリチリと焼け付くようだった。


 するとそこに黒い鎧に身を包んだハンニバルと呼ばれた男がやって来た。

 

「何か問題か? パラケルスス」


 ハンニバルはパラケルススに話しかけながらもジョバンナから視線を切らない。

 

「やれやれ。二人が相手ではどうにもならないな。うそうそ! ぜーんぶ嘘! 悪い冗談だよ! エーテルの加護があらんことを」


 ジョバンナはわざとらしく残念そうに振る舞った後、カラカラと笑ってネロの横を通り過ぎた。

 

 通り過ぎざまにネロにだけ聞こえるように小声でこうささやいた。

 

「逃げ出す最後のチャンスを逃したな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る