第13話 デコピンの痛み

「お前らやり過ぎだろ」


「だって……」


「魔族が滅べば私と龍空のスローライフが待ってるんでしょ?」


「そういうことを言ったんじゃないんだよ……」


 俺の目の前には龍空と雲雀が居る。


 それは昨日約束した事だから別にいい。


 問題なのはこの城から魔族の気配が一切しない事だ。


「私が提案した事だけど、龍空と話せないのが結構辛くて八つ当たりしてた」


「だろうな。どうせ龍空もだろ?」


「だって雲雀ちゃんが近くに居るのに喋れないなんてむしゃくしゃして」


(似た者同士が)


 知っていたけど、この二人はお互いのことが好き過ぎる。


 恋愛感情とかではなく、友達として。


 だから隣に居るのに喋れない状況が嫌なのだろう。


「ちなみにどうやって殺してきた?」


「僕が手足を斬って動きを封じて」


「私が聖属性の魔法で灰にした」


「お前ら仲良いの隠す気ないだろ」


 勇者は聖女を回復の道具としか見てなくて、聖女はそんな勇者のことを嫌っているはずなのに、それではいつかバレる。


「だから全員殺したんじゃん。見た者は殺すってやつ」


「外に幹部居たろ」


 俺はいらないと言ったのだけど、俺の部屋の近くには絶対に幹部の一人が常駐することになっていた。


 今日も幹部の一人が外で見張っていたはずだ。


「居たね、少し強いの」


「うん。僕が斬ったの避けてたよね」


「でも結局他のと同じで手足斬って私が止め刺して終わった」


 この二人が揃うと魔族では勝てないのかもしれない。


 そんなことを思いつつ、もし自分とこの二人が戦ったらどうなるのか少し気になった。


 どっちが負けてもメリットはないし、何より龍空が嫌がるからやらないけど。


「てかそんなことはどうでもいいんだよ。ツムギちゃんは?」


「どうでもいいって……、まぁいいけど。多分屋根裏じゃないか?」


 あの子は大抵屋根裏に潜んでいる。


 ここが一番安全なのが分かるのか、逃げる様子はない。


「屋根裏ね」


「おい待て。何する気だ?」


「そんなの」


 雲雀はそこまで言うと軽い準備運動をしてから助走をつける。


 そして走り出し、玉座を踏み台にして天井を蹴り上げながら自分も天井裏に入り込んだ。


「雲雀ちゃんすごい」


「あいつ戦闘嫌いのエルフだよな? やってること全部バーサーカーじゃないか?」


「雲雀ちゃんが楽しそうでいいじゃん」


「龍空は雲雀を甘やかし過ぎなんだよ」


 言っても無駄なのは分かっているけど言っておく。


 龍空は昔から雲雀の暴君を笑顔で流す。


 何かを忘れた時なんか、龍空の物を勝手に使ったりしてたけど、龍空はなんでもないようにしていた。


 危ないことだけはさせないで、見てて過保護な父親みたいな感じがあった。


「雲雀ちゃんが元気にしてる姿見るの好きなんだ」


「絶対に理由教えてくれないやつな」


 龍空は雲雀の元気な姿を見るのが好きとよく言うけど、その理由だけは絶対に教えてくれない。


「獅虎も好きでしょ?」


「龍空はそうかもしれないけど、俺はめんどくさくなって嫌だよ」


 実際、雲雀が元気だと俺への言葉も過激になるからそんなに好きではない。


 元気がないとそれはそれで違和感があって嫌ではあるけど。


「なんの話?」


 フードを被った少女。陰をお姫様抱っこしながら雲雀がやって来た。


「雲雀ちゃんは可愛いって話」


「龍空に言われたら嬉しいけど獅虎に言われても嬉しくない」


「安心しろ、俺は言ってない」


「まぁこんな可愛い子が近くに居たんじゃね」


 そう言ってフードを握って顔を隠している陰を床に下ろす。


「よく捕まえられたよな」


「私が近づいたら転んだの。可愛すぎて私も固まったけど、ギリギリ私の方が先に我に返って捕まえた」


 顔を隠しているのは転んだ時にぶつけた額を見られたくないからのようだ。


 龍空と顔を合わせづらいのもあるんだろうけど。


「それと今になって震えてるんだけど、別に何もしないよ?」


「雲雀がいきなり馬鹿みたいなことしたんだからそりゃ怖がるだろ」


「可愛い子に会う為ならなんでもするでしょ?」


 何故か「何言ってんの、馬鹿なの? 馬鹿か」みたいな顔をされた。


「君が陰さんなんだよね。僕達は勝手にツムギちゃんって呼んでるけど、ほんとはなんて言うの?」


 龍空が陰と目線を合わせながら(目は合ってない)話しかける。


「……ごめんなさい」


 初めて陰の声を聞いた。


 なんと言うかとても。


「声きゃわ」


「綺麗な声だね。雲雀ちゃんと同じぐらいずっと聞いてたい声」


「ツムギちゃん。龍空はねこういう子なの。いちいち照れてたら疲れるから慣れよ。一緒に」


 雲雀は陰と龍空のように目線を合わせながら言う。


 ちなみに顔は赤い。


「あ、あの」


「何?」


「勇者様は、その……」


「処分しに来たのかってさ」


 陰の言えなかった言葉を雲雀が引き継ぐ。


「なんで?」


「そ、それは……」


「勇者の追跡と聖剣の回収が陰の仕事なのに、魔王なんて言う悪逆非道な男に捕まってる自分は許されないからだって」


 絶対にそこまで言ってないのは分かるけど空気を読んで何も言わない。


 後で龍空に頼むけど。


「それって王様からってこと? それなら平気だよ。僕、王様に見つからないように暮らしてるから」


「あ、いや、でも……」


「住んでるところはもう言っちゃたって」


 とても言いたいけど龍空が聞かないから聞けない。


 雲雀がなんでそんなに陰の言葉を理解出来るのか。


(俺には出来なかったのに……)


 別に落ち込んでる訳ではない。


 断じて。


「大丈夫だよ? 陰さん対策って言って色々してくれる人がいるから。多分ツムギちゃんが知らせたのはダミーのところ」


「え?」


「現に今、王様が僕のこと探してるみたいだし」


「そう、なんですか……」


 陰が落ち込んだように俯く。


「だからツムギちゃんはここで獅虎に守ってもらってね」


「魔王に?」


「そう。多分あの王様はツムギちゃんを処刑しちゃうかもしれないから」


 なんだか勝手に話が進んでいるけど、俺もそれが一番いいと思う。


 俺の目の届く範囲に居る限りは誰にも手出しはさせない。


「勇者様は王様嫌いですか?」


「うーん、好きじゃないよ。何の説明もしないで投げ出されたから」


「嘘じゃないですか?」


「龍空に嘘はつけないから大丈夫だよ。龍空、ツムギちゃんは可愛い?」


「うん、とっても」


 雲雀が「ほらね」みたいな顔をするが、陰はうずくまって顔を押さえる。


「わ、私も王様嫌いです。師匠達をみんな殺したから」


「僕と同じだね」


 龍空が陰の左手を取って握る。


 ちなみに右手はずっと雲雀が握っている。


「同じ……」


「今だ!」


 陰の警戒が緩んだところで雲雀が陰のフードを取った。


「あ、や」


「……」


 龍空が黙って陰のことを眺める。


「おい龍空。見惚れんな。嫉妬するぞ」


「ごめん。可愛かったから。でも駄目だよ、ツムギちゃん嫌がってる」


「そう言いながら手を離さないのは無意識?」


「離したらツムギちゃんの顔見れないから」


「離したれ馬鹿共」


 さすがに陰が可哀想なので龍空と雲雀を頭を小突く(雲雀は少し強めに)。


「痛いんですけど。暴力? そうやってか弱い女の子に暴力振るうんだ。そんな奴にツムギちゃんを任せられないから私がお持ち帰りしていい?」


「いいからその手を離せ馬鹿」


 龍空は「ごめんね」と言って離したが、雲雀は案の定手を離さなかったので、思い切りデコピンをした。


「……」


 雲雀が額を押さえながら無言で睨んでくる。


「自業自得だ」


「獅虎のデコピン痛いんだよ。大丈夫、雲雀ちゃん、泣く?」


「泣いたら負けだから獅虎の腹立つ顔見て我慢する」


「見えないようにする?」


「りぃくぅ」


 雲雀が龍空に抱きついた。


(そんなにか?)


 確かに龍空には「獅虎のデコピン痛いから禁止」と言われたことはあるけど、そこまでじゃないだろと思って雲雀にちょくちょくやっていた。


 その度に雲雀には睨まれ、龍空には説教をされてたけど、泣いたのは初めて見た。


「バカ獅虎。バカ、バカ」


「痛かったね。いつも女の子には優しくって言ってるのに獅虎聞いてくれないんだもん」


「俺が悪いのね。まぁ悪いか」


 雲雀に文句を言われるのはいつものことだけど、さすがに泣かれると罪悪感が芽生える。


「次からは自重する」


「ほんとにしてよ。今度雲雀ちゃんを泣かしたら怒るから」


「絶対にしません」


 龍空が雲雀の為に怒ったら多分俺が泣く。


 そして味方はいないから俺はこの部屋で一人泣き明かすことになる。


「皆さん仲良しさん?」


 陰がとても不思議そうな顔をしているが気持ちは分かる。


 でも今はとりあえず雲雀と俺を恨む寸前の龍空に土下座をするしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る