第9話 魔王になってから

『ねぇねぇ獅虎♪』


 雲雀がとても嬉しそうに俺の名前を呼ぶ時は大抵うざいことを行ってくる時だ。


『あんたが龍空から引き離した子って可愛いの?』


「言い方よ。結果的そうなっただけだ」


『可愛い女の子との同棲楽しい?』


 雲雀は俺をからかっている時は基本話を聞かない。


『雲雀ちゃん。駄目だよ』


『ちぇー』


 だからこうして龍空がいつも止めてくれる。


「そもそも同棲って言っても、会ったのさっきだぞ」


 今は龍空と再開した後に、俺の部屋でうずくまっている子の話をした後の夜だ。


『元気にしてる?』


「元気ではないな。うずくまって俺の事睨んでる」


『目の届く範囲に居るんだぁ』


 また雲雀がめんどくさい事を言い出した。


「当たり前だろ。他の魔族に見つかったら殺されるんだから」


『獅虎。そういう常に気を張ってる子は優しくされると簡単に落ちるよ』


「試したことあんのかよ」


『獅虎がそうだったっしょ』


 俺達が初めて会ったのは幼稚園の時だ。


 確かにあの時の俺はませていた。


 一種の中二病のようなもので、自分は周りとは違うって思い込んでいた。


 そんな俺に龍空と雲雀が声をかけてきた。


 というより雲雀が「しとらくんっておもしろいよね」と可愛らしい笑顔を向けて言ってきた。


 あの頃は可愛らしいと思えた。あの頃は……。


『いや今思い出しても愉快だよね。獅虎顔真っ赤にして』


『うん。獅虎可愛かった』


「黙れ。ほんとに黒歴史だよ。雲雀を可愛いとか思ってたなんて」


『はぁ? 私は……なし、今のなし』


「龍空」


『雲雀ちゃんは昔からずっと可愛いよ?』


『獅虎許さん』


 龍空のことをよく知ってからは、こうして雲雀に仕返しをしている。


 口では雲雀に勝てないから。


『そうだ獅虎がこっちの世界に来た時の話聞かせてよ』


「あぁ、龍空のは簡単に聞いたけど俺のは話してなかったな」


『私は龍空のも聞いてないんだけど』


『後で話すね』


『うん』


 雲雀は龍空には素直だ。


 他意はない。


「じゃあ話すな」


 そうして俺はこの世界に呼ばれた日のことを思い出す。




「今代の魔王に君に決まりましたー。ぱちぱち」


 さっき俺達は死んだ。


 目の前のショタも一緒に。


「僕は神。これから君をとある世界に送り込むね。じゃあ」


 何も分からないうちに俺は見知らぬ場所に居た。


 そして目の前には明らかに人間じゃない存在が俺に片膝を立てて頭を下げている。


(は?)


「あなたが今代の魔王様ですね。宜しければお名前を聞いても?」


「俺か? 俺は獅虎だ」


「シトラ様ですね。私達はあなたの下僕しもべなんなりとご命令を」


 おそらくこの場で一番偉い立場であろう人が喋っているけど、俺にはなにがなんだか分からない。


「……少し一人にしてくれ」


「かしこまりました」


 そう言うと全員部屋から出て行った。


「どういうことだ」


 こういう時は5W1Hだ。


「いつは学校の帰り道、どこではバスの中、誰がは俺が、何をは死んだでいいのか? どのようには事故だよな」


 要するに死んだ。


「そんで死んだ後に自称神を名乗るショタにこの世界に送られた」


 あのショタは俺が魔王に選ばれたと言っていた。


「つまり俺は魔王。魔王?」


 魔王って言ったらゲームなんかに出てくる魔族の王的な存在だと思う。


「つまりあれか。異世界転生」


 アニメで見る事はあったけどまさか自分がそれをするなんて思わなかった。


「魔王か……」


 自分が魔王になって思う。


 魔王って何をするものなのかと。


 世間一般的には世界を滅ぼしたり、世界を自分のものにしようとする存在って認識だろうけど、その後の事を考えたらやる意味があるのか分からない。


 滅ぼしたらする事ないし、自分のものにしたら管理がめんどくさそうだ。


「歴代の魔王が何してたかだよな。てか歴代も転生者なのか?」


 さっきの魔族? 達が転生の事を知っているのか分からないから転生については聞けないけど、歴代の魔王が何をしてたかぐらいは聞ける。


「有能な部下は呼べば来るよな。誰か来てくれ」


 俺がそう言うと、目の前にさっき喋っていた魔族が現れた。


「なんでしょう」


「俺は一人にしてくれって言ったけど、声が届く範囲に居たのか?」


 自分で呼んでおいてあれだけど、もしそうなら転生なんかも聞かれていることになって少しやばい。


「いえ。魔王様がお呼びになった気がしたので」


「そ、そうか」


 これは有能を通り越してやばめの部下だ。


「それはいいや。今までの魔王ってどんな事をしてたんだ?」


「そうですね。私が魔王軍幹部になったのは先々代の魔王様の時ですので、その前は詳しく知らないのですけど、先々代は全ての破壊、先代は全ての支配でしたね」


「詳しくってことはなんとなくは知ってるのか?」


「はい。人間達の抹殺や聖女を手篭めにしようとしていた魔王様もいたみたいです」


 聖女の話は別として、他は俺の知ってる魔王のイメージと一致する。


「聖女とか詳しく聞かせて貰っても?」


「そうですね。魔王様はこの地に降り立ったばかりで聖女や勇者については知らなかったですね。配慮が足らず申し訳ありませんでした」


 幹部と魔族が深く頭を下げる。


「別にいいから説明頼む」


「はい」


 そうして俺はこの世界について色々と聞いた。


「なるほどね。使い潰されてる勇者に同情するな」


「そうですね。いくら憎き勇者と言えど、わざわざ死ぬ為に戦わされるのは最初こそ無様としか思わなかったですけど、それが十三人もになれば無能な王に使われて惨めに思います」


 十四人目だけは何故か魔王と戦えるだけの力を付けたみたいだけど、やっぱり可哀想だ。


 いつか俺の元にも勇者が送られて来るのだろうか。


(龍空と雲雀は元気なのか?)


 死んだのが俺だけなら二人には末永くお幸せになって貰いたい。


 そんな事を不意に思った。


(勇者と聖女なんて聞いたからかな)


 ちょうど三人で俺達の数と一致する。


 もし二人も死んでいて、転生をしていたら龍空が勇者で雲雀が……ないな。


 龍空はともかく雲雀が聖女はない。


 だからこんな淡い期待は捨てる。


 でももしかしたら二人もこの世界に居るかもしれない。


「魔王様。あなたの望みを私達は実行致します。なんなりとご指示を」


「指示ね。お前にだけでいいのか?」


「全員集めます」


 そう言って幹部の魔族が消えた。


「別に用がある奴はいいんだけど」


 でもやることは決まった。


 俺はこの世界を統一する。


 そして龍空と雲雀を探す。


 もしも居なかったらその時は……。




「てな感じでお前らを探そうとしたけど、魔王が世界を統一って考えたら虐殺になりそうだなって思って色々考えてるうちに魔族達が更に指示を求めてきてな」


『それで獅虎は勝手にやれとか言ったの?』


「自分意思を促した」


『他力本願とか馬鹿だねぇ』


 自分でもそう思うから何も言えない。


 他の奴らに任せたら虐殺になるだろうから自分の考えをまとめようとしたのに、それが出来なかったから任せるなんて本末転倒だ。


『獅虎』


「龍空には俺を責める権利があるからなんでも言ってくれ」


 龍空のことを鍛えてくれた人を魔族が殺そうとしたのは聞いた。


 それはつまり間接的には俺のせいになる。


 だから龍空に何を言われても俺は何も言えない。


『獅虎も大変だったんだね』


「やめろ」


『獅虎はいっぱい頑張ったんだよね。だけど獅虎はいつも最後にミスをする癖があるから気をつけてっていつも雲雀ちゃんに言われてたじゃん』


「龍空」


『獅虎、一人で辛かったんだよね。僕みたいに他の人に頼れなかったんでしょ? でも今は僕も雲雀ちゃんもいるからね』


 龍空はいつもこうだ。


 自分には興味がないくせに、俺や雲雀の一番の理解者。


 何も見てないはずなのに俺達の気持ちが分かる。


『龍空龍空。獅虎泣いてるよ』


『え、どうして?』


『龍空の言葉に感動して』


「泣いてねぇよ」


 もちろん泣いている。


 龍空の優しさに触れるといつも涙が溢れる。


 絶対に雲雀の前では泣かないけど。


『涙声で何言ってんのさ。隣の美少女に慰めて貰えば』


「今そいつが驚いた顔して見てんだよ」


『やっぱ泣いてんじゃん』


「うるせぇ。でもこれからは龍空に嫌な思いはさせないような努力をする」


『私は?』


「お前はまず俺に嫌な思いをさせない努力をしろ」


 俺が雲雀に言うと『え、無理』とマジトーンで言われた。


 分かってたから別にいいけど。


『それじゃあ次は私の番かな。私も龍空に泣かされたい』


「慰めて貰う人いんのか?」


『龍空に直接ここに来て貰えばいい』


『いいの?』


『……やっぱなし』


 さすがの雲雀でも寝る前の姿を龍空に見られたくないみたいだ。


『まぁ私のはそんな重くないから軽く聞いてね』


 そう言って雲雀の話が始まる。

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