第3話:おむつ魔獣登場
魔王ロキ様御一行は、エルフの森を東に向かって進んでいた。
シギュン的にはロキと二人旅のつもりだったのだが、流石にエルフの女王を一人で行かせるわけにはいかないということで、お供として親衛隊が三人ほどついてきている。
もちろん全員が既婚女性だ。
女王代理としてエルフの国に残ることになったナンナからは、『あまりにも男に飢え過ぎた女王が小さな男の子にまで手を出しそうになっているので、いざとなったら止めるように』と言われている。
そんな彼女達は現在、女王ではない別の人物に対して可哀想な視線を向けていた。
「ねぇ、あれって何なのかしら?」
「さあ……」
シギュンのお供達は小声で話しながら、後ろをチラリと見た。
……黒子の格好をした老人が両手に木の枝を持ってカモフラージュしながら、バレバレの尾行でついてきている。
「どうしたんだ?」
ロキが天真爛漫な目で、怪訝な表情のお供達を見た。
本当に疑うことを知らないお子様である。
「あ、いえ……。その、後ろにおられる御老体は何かなぁと……」
「?」
ロキの頭の上に大変大きな疑問が出現した。
お子様は何のことか全くわかっていない様子である。
「ロキ様はお祖父様などはご存命なので?」
「ん? じいやか? じいやはおうちでお留守番してるぞ?」
そう、ロキの認識では”じいや”は城でお留守番をしているはずなのである。
故にロキのお供は誰もいない。
……後ろからついて来ている老人なんて存在しないのだ。
「きっと何か深い事情があるのよ。私達も気が付かないフリをしてあげしょう」
親衛隊の皆さんは痴呆老人を見るかのような哀れみの視線をアーリマンに向けた。
ちなみにだが深い事情なんてもちろんどこにもない。
というか浅い事情すらあるのか怪しいぐらいだ。
「ほらロキくん。この木の実は食べられるのよ」
「わーい」
そんな既婚者達の気苦労をよそに、未婚の女王様はお子様の好感度を上げるためにせっせと行動していた。
お子様は土遊びとかそういうのが大好きなのである。
エルフは森に詳しいので、点数稼ぎには大変好都合だった。
せっせと木の実を集めるロキと、柔和な笑みを浮かべながらそれについてまわるアラサー。
……これは二人が親子でも親戚でもご近所さんでもないと判明した途端に、誘拐事件が確定してしまう案件である。
「男に飢えた独身女がかわいい男の子を誘拐してしまうって……。本当にありそうな話だわ……」
「我が国始まって以来のとんでもない不祥事ですね……」
親衛隊の皆さんは自分達の女王の将来を悲観した。
と、その時である。
「ん? なんだあれ?」
ちょうど正面から何かが歩いてくるのに、ロキが気がついた。
お子様は注意力にも優れているのだ。
……じいやの存在には全く気がつく気配がないが。
「あら、どうしたの?」
シギュンも同じ方向を見た。
「……魔獣みたいね。この辺じゃ見慣れない種類だけど」
目を凝らして見てみると、正面からトコトコと歩いて来たのは白いおむつを履いた魔獣だった。
全身が焦げ茶色の体毛で覆われた四足獣で、お子様のロキでも一人で乗れてしまうぐらいの大きさである。
そんなかわいい魔獣が、おしりをフリフリしながらトコトコと歩いてきた。
『なんや? ワイになんか用か?』
「なんだお前? よしよし」
ロキはおむつ魔獣と向き合うと、とりあえず頭を撫で始めた。
お子様は物事を難しく考えたりはしないのである。
『なんや急に? ワイのファンなんか?』
「ファンってなんだ?」
魔獣は魔獣で、特に抵抗する素振りもなく大人しく撫でられている。
幸いなことにどうやら温厚な性格のようだ。
「……ねぇ、何か話してるの?」
「さあ……」
しかしどうやら大人達はおむつ魔獣の言葉がわからないらしい。
そんな中、アーリマンだけは深刻な顔をしながら、ルーペを取り出した。
通称、アホ毛ルーペ。
これで覗けばアホ毛だけを見分けることができるという、眉唾しかないマジックアイテムだ。
「むむむ! なんと! これは!」
アーリマンがアホ毛ルーペで見てみると、ロキの頭に今日もピンと立った三本のアホ毛が輝いていた。
しかしこの老人が驚いたのは魔獣の方である。
なんとこのおむつ魔獣、全身の毛が輝いているではないか。
「なんと……。信じられん……」
つまりこの魔獣、全ての毛がアホ毛だということだ。
おむつ魔獣というか、もはやアホ毛魔獣である。
「全身が魔王の毛に覆われておる……。間違いない。これこそがロキ様に相応しい騎獣だ」
アーリマンは慌ててカンペを取り出すと、ロキにも読める簡単な字を書いた。
普段からプルプル震えているその手が、感動のあまり大地震のように震えまくっている。
『そうだ、こいつをぼくののりものにしよう!』
老人はそれを持ってロキの視界へと割り込んだ。
黒子の格好をしているとはいえ、相変わらず顔は全く隠れていないのだが、それでもアホ毛のお子様が気づく気配はない。
もちろん魔獣の方もだ。
黒子の老人が完全にいないものだと思っている。
「よし! お前、ボクの乗り物になれ!」
『すまんがそれはできんのや』
「なんで?」
ロキの頭の上に大きな疑問符が出現した。
『ワイ、おむつ神に会うために巡礼の旅をしてるんや。おむつ神に出会うその日まで、この背中には誰も乗せないと固く誓ったんや! ワイの一世一代の決心なんや! せやからすまんけど――』
「これあげる。木の実」
『乗ってええで!』
おむつ魔獣はあっさりと買収された。
これがそのうち伝説となる、木の実三個の礼である。
「おお! 理想に燃える若者を賄賂で堕落させるとは……。若も成長なされた」
じいやは感激のあまり涙した。
ハンカチを取り出して目元を拭いている。
「……ねえ、今のって、どの辺が感動ポイントだったのかしら?」
「さあ……」
魔獣の言葉がわからない親衛隊の三人は、大変困惑している。
いや、言葉がわかったらわかったで、尚更困惑するであろうことはわかりきっているのだが。
「よし! いくぞー!」
そんな大人達を尻目に、ロキはおむつ魔獣に乗り込んだ。
「えーと……。お前、名前はなんていうんだ?」
『ワイの名前か? そんなもんないで』
「じゃあボクがつけてあげよう。お前の名前はー……。”オムツ”だ!」
後ろで聞いていた親衛隊の人妻達は思わず本気で転びそうになった。
そのまんま見た目通りの名前である。
『オ、オムツ……、やて?』
魔獣もまた立ち止まって口をパクパクさせた。
と思ったら、今度は全身の毛を逆立てて激しく震え始めた。
きっと安直な名前をつけられて怒っているに違いない。
『……ふぉぉぉぉ! な、なんて最高な名前なんや!』
……前言撤回。
おむつ魔獣は新しい名前が大変気に入ったようである。
ご機嫌な様子でおしりをフリフリしながら、再びトコトコと歩き始めた。
……テンションMAXで勢いよく走り出すのかと思えば、そんなことは全くない。
ちなみにだが、この魔獣はロキ同様にまだお子様である。
つまりアホの子同士は引かれ合うのだ。
「しゅっぱーつ!」
『まかせろ―!』
とにかくこうして、アホ毛の子とアホ毛魔獣の奇跡的なコラボレーションが実現してしまった。
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