第2話:エルフの女王様は結婚適齢期(!=)
城を出発してから一週間ぐらい後。
ロキは後ろからついてくる黒子の老人に全く気がつくことなく、隣国のエルフの国へと到着した。
ちなみにアーリマンのサポート体制は万全で、朝起きたら朝食が用意してあったり、水とおやつが少なくなったら補充されていたりしているのだが、このお子様は全く気がつく様子がない。
当然だ。
頭に生えた三本のアホ毛は伊達ではないのである。
というわけで、周囲にはバレバレの尾行を続ける老人を引き連れて、ロキはエルフの森をのっしのっしと進んでいた。
目的地はもちろんエルフの女王である。
★
「はぁ……。そろそろ私にも白馬の王子様来ないかなぁ……」
エルフの女王であるシギュンは玉座の上でため息をついた。
「まだそんなこと言ってるんですか」
宰相のナンナもまた、別の意味で大きなため息をついた。
「もう三百超えてるんだから、現実を見てくださいよ。いい加減に」
「う……」
シギュンは言葉をつまらせた。
エルフの平均寿命は人族のちょうど十倍。
つまり三百歳は人間でいうとちょうどアラサーということである。
人間でいうとちょうどアラサーということである。
……大事なことなので二回言った。
この世界には大きく分けて魔族、人族、精霊族という三種類の種族が存在し、異なる種族と子を作ることが可能だ。
そして三者の平均寿命や文化様式が大きく異なるが故に、結婚適齢期というのが単純に生物として子供を生むのに適した年齢という意味になっていた。
社会的にみんなが結婚する年齢とかそういうことではないのである。
たとえ人族がみんな四十代で結婚するのが普通になったとしても、結婚適齢期は二十代前半までなのだ。
……で、問題はこの女王である。
これまでの三百年において誰かに求婚されたことはなく、彼氏がいたこともない。
男に全く縁がないまま今日を迎えてしまった。
つまり弱者である。
ちなみにだが、宰相のナンナは幼馴染と結婚して既に人妻である。
つまり強者である。
「あ、諦めたらそこで試合終了なのよ。見てなさい、きっともうすぐ私の白馬の王子様が――」
「ないない」
ナンナは軽く笑いながら手を振った。
「ぐぬぬ……」
シギュンはちょっと涙目だ。
「来るもん。私だけの王子様がきっと迎えに来てくれるもん」
まあそんな感じでいつも通りのやり取りをしていると、何やら部屋の外が騒がしくなった。
「たのもー!」
戸惑う兵士達を振り切って部屋に入ってきたのはもちろんロキである。
小さな魔王様は今日も三本のアホ毛がご機嫌だ。
「待ちなさ――、ふごぉ!」
そんな彼を止めようと後ろから追いかけていた兵士は、玉座の間に入る直前で黒子の格好をしたアーリマンによって一撃で気絶させられた。
走るお子様を追いかけて無防備になった背後から、首への容赦ない手刀の一撃である。
……まあ死んだわけではないから良しとしよう。
というわけで、ロキは思いの外あっさりとシギュンのところまで到達した。
「あらあら、ここは子供が来る場所じゃないわよ? 迷子になったの?」
「お前がエルフの女王なのか?」
「そうだけど……」
お子様にまだ敬語は早い。
というか、普段はアーリマン以外に誰もいない生活だったので、ロキは今が敬語を使うべき時だとわかっていなかった。
じいや直伝の”かんぺきなけいご”は出番無しである。
話の流れを理解することができず、シギュンとナンナは互いの顔を見合わせた。
普通ならば不敬罪になるところだが、何せ相手は小さなお子様である。
(ここでいきなり火炙りとかにしたら、またブラッディクイーンみたいな結婚が遠のく呼び名を進呈されるに決まってるわ。むしろこういう時にこそ、私が結婚向きのタイプだってことを強調しておかないと!)
シギュンは玉座の間の両脇に控えている兵士達をこっそりと見た。
仕事の内容が内容なだけあって、大半は結婚適齢期の男性である。
つまりチャンスはたくさんあるはずなのだ。
そう、物事は諦めないことが大事である。
「あらあらぁ? もしかして、坊やは迷子になってしまったのかしらぁ? いけないわぁ、こんなところに勝手に入って来たらぁ。お姉さんがお家まで送ってあげましょうかぁ?」
「――?!」
シギュンは”包容力のある大人の女性アピール”をした!
玉座の間にいた男性陣は凍りついた!
ロキを止めようとして走り掛けた兵士など、前傾姿勢のままで固まってしまっているではないか。
伝説の時間停止魔法も真っ青の凄まじい効果だ。
早くもBBA無理すんなという怨念が溢れ出ている。
動けるのは女のナンナと、そういうのが全くわかっていないロキの二人だけだ。
……いや、咄嗟に目を背けて耳を塞いだアーリマンもまだ動けそうだ。
「坊やはどこの誰なのかしらぁ? 何度も言うけどぉ、ここは勝手に入っちゃダメな場所なのよぉ?」
シギュンは玉座から立つと、数段しかない階段を降りてロキの正面にしゃがみこんだ。
「ボクはロキっていうんだ!」
お子様は元気よく答えた。
「あらぁ、ロキくんっていうのぉ? いいお名前ねぇ。それでぇ、ロキくんは一人でここまで来たのかしらぁ?」
「そうだぞ!」
シギュンは扉から顔を出しているアーリマンをチラリと見た。
黒子の格好をしている割には、顔は丸出しで隠そうともしていない。
(あれが保護者? はじめてのおつかい的な……?)
シギュンはそう結論付けた。
むしろこれで保護者じゃなかったら、それはそれで事件である。
「それでぇ、ロキくんは何をしにここまで来たのかしらぁ? お姉さんに何か用があるのぉ?」
お姉さんである。
おばさんではない。
だがあまりにも白々しいシギュンの素振りを見て、周囲の男性陣は戦慄していた。
見ろ、彼らの目はあまりの恐怖に怯えきっているではないか。
しかし幸か不幸か、アホ毛の魔王には効かなかった。
「エルフの女王! さらいに来たぞ! ボクのつまになれ!」
ロキは純真そのものの瞳で言い放った。
背後ではアーリマンが「よく言えました」とばかりに喜びの舞を踊り始めた。
「……ん?」
一瞬の静寂が訪れた。
エルフ側の誰もがその意味を即座に理解することができなかった。
周囲の兵士達も、宰相のナンナも、そして求婚された本人であるシギュン自身でさえも。
「ボクの妻に……。ってことはつまり、求婚?!」
「な、なにぃぃぃぃぃィィィィッッッッッッ!!!」
そして玉座の間に、再起動したエルフ達の驚愕の叫びが響き渡った。
★
「……はぁー」
シギュンは今日一番の大きなため息をついた。
なぜかといえばそれはもちろん、一瞬とはいえロキにプロポーズされて喜んでしまったからだ。
(いくらなんでもそこまで飢えてないわ)
相手はまだ小さなお子様である。
「いい坊や? 気持ちは嬉しいけど、お姉さんはエルフの女王なの。王族とか高位の貴族としか結婚できないのよ」
流石に子供に対して直球で「アウトオブ眼中!」と言うのは気が引けたので、シギュンはそういう言い方をした。
したのだが……。
「ふっふっふ! ボクは魔王になったんだぞ!」
「え?」
ロキは胸を張った。
それと同時に、アーリマンがサササッとロキの首に魔王の証であるペンダントを巻きつけた。
周囲の大人達からはバレバレの黒子だが、もちろんお子様だけはその存在に全く気が付いていない。
じいやは城でお留守番をしているので、こんなところにいるわけがないのだ。
三本のアホ毛は伊達ではないのである。
そしてペンダントが赤く光った。
「それはまさか……。ちょっと見せてくれる?」
「いいぞ。……はい」
ロキが素直にペンダントを渡すと、赤い輝きは消え去った。
「間違いないわ。アッフォー国の王家の証よ。正式な魔王が身につけた時だけ光るっていう」
「あの国ってまだ滅んでなかったんですね」
どうやら世の中的にはアッフォー国は消滅したことになっているらしい。
とにかくこうして、三毛猫ならぬ三本のアホ毛の子は正式な魔王であることが証明された。
「魔王……。つまりこの子はちゃんとした王族の子なわけね。……あれ? ということは……」
「ん? シギュン様どうしました?」
「王族……、つまり王子様……」
シギュンはとんでもないことに気がついてしまった。
(これってまさか……、ついに来た? ……私の白馬の王子様!?)
正確にはロキは既に魔王なので、王子様ではなく王様だ。
しかしこの歳で王子様願望をこじらせまくっているシギュンにとっては、そんなことは些細な問題である。
(いや待って、待つのよ私。落ち着け、落ち着いて)
シギュンの頭の上では、彼女の分身である善の精霊と悪の精霊が激しく戦っていた。
『王子様とはいえ、相手は子供なのよ! 子供!』
『でも王子様だわ!』
『……確かにそうね』
『でしょ?』
……あっさりと結論が出てしまった。
妖精達はガッシリと肩を組むと、本体に向かってゴーサインを出した。
「お待ちしておりましたわロキ様。さあ、私をどこへでも連れていって!」
「シギュン様、気を確かに――」
「うるさいわねうるさいわね、私は冷静よ冷静、冷静そのものよ。……あ、そうだ。ゼ○シィについてた付録の婚姻届って使えるのかしら?」
ナンナは小さくため息を吐いた。
(ダメだ。完全に舞い上がっている)
シギュンの頭の上では妖精達がクルクルと舞っていた。
……もちろん喜びの舞である。
「よし! じゃあ今度は……」
この次はどうしたらいいのだろうかとロキが首を傾げた瞬間、黒子役のアーリマンが大きなカンペを持ってサッと視界に割り込んだ。
そこには『つぎはしんせいていこくにいって、せいじょをさらうぞ!』と書かれていた。
「よし! 次は神聖帝国に行って聖女をさらうぞ!」
”じいや”は城で留守番をしているはずなのである。
だからここには”じいや”なんていないのである。
というわけで、ロキはエルフの国のさらに東にある神聖帝国へ向かうことにした。
「新婚旅行ね! さあ行きましょうか!」
「ちょっとシギュン様?!」
ナンナ達が怪しさ全開のアーリマンに気を取られている間に、いつの間にかシギュンは旅支度を終えてしまっていた。
こんなこともあろうかと、新婚旅行セットを予め用意しておいたのである。
……彼氏すらいなかったのに。
ちなみに護身用の武器はゼク○ィハンマーだ。
この圧倒的な重量物があれば、肉弾戦はほぼ無敵と言い切ってもいいだろう。
殴って良し、防いで良し、さらにこれを突きつけられた相手が男ならば、精神的なダメージまで与えてくれるという、この世界における最凶装備の一つだ。
半端な覚悟では受け止められない代物である。
「よーし。じゃあ行くぞー!」
こうして旅のお供が一人増えたお子様は、さらに東、神聖帝国に向かって走り出した。
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