【短編版】黒い幼女は戦場で咲き、騎士達は儚く散った

近藤一

プロローグ部分

 例えば、騎士が雨に打たれながら進軍する日だったとする。


 帝国との国境付近に配備されて防衛任務に当たっていた軍隊が全滅し、首都へ目掛けて一直線に進んでいるという報せが王国騎士団の詰め所に届いたのは、皆が辛い訓練を終えて賑やかに夕食を食らっている最中だった。


 さっきまで頓狂な事を言って皆を笑わせていた騎士団長が、報せが書かれた羊紙に目を通した瞬間に顔色を一変させた。その異様な雰囲気を感じ取った騎士達は食べる手を止め、騎士団長へと視線を集めた。


「……戦争だ。帝国が攻めて来た」


 騎士団長の言葉は短かったが、その一文だけで全て察する事は容易い。


 つまり騎士団への出撃命令だ。


 皆の緊張が高まり、特に入団して一年と経たない新人騎士達は突然の事に不安そうな表情で騒めき出した。しかし騎士団の中でも幹部とそれに近い者は驚いた顔をしていなかった。前々から、帝国に不穏な動きあり、との情報を得ていたからである。


「まずは斥候を放たねばならない。志願する者はいるか?」


 この騎士団では斥候は新人の役目だ。訓練では何度もやって来たし、魔物の討伐の時にも行った事はある。しかし人間が相手なのは初めてだ。入団して一年程度の新人騎士には少し荷が重たいだろう。


 お前が行けよ、と押し付けあう空気が漂い始めた時、酷く野太い割に落ち着いた雰囲気がある声が響いた。


「……俺がやろう」


 名乗りを上げたのは、王国騎士団で最年長の熟年騎士だ。騎士団に限らず若さは武器となる。歳を取れば腰は痛くなるし、肩を動かせず剣を振り上げる事が困難となる。何より体力の衰えが激しく、訓練で三日三晩走り続ける事もある騎士団に居続けるのは熟年騎士にとっては難しい。


 だが、そんなハンデを抱えながら騎士団で生き残っている熟年騎士へ皆の信頼は厚かった。


「任せたぞ」

「お任せ下さい」


 熟年騎士は用意させていた馬に乗り、敵の様子を探るために一人で騎士団の詰め所を出発した。


「我々もすぐに出発だ、十分で準備しろ!」騎士団長の号令と共に騎士団は動き出す。軍食として干し肉と水、怪我をした時のために包帯とポーションを用意し、さらには弓矢までも荷台に積む。その外にも野営に必要な道具も用意して騎士団はすぐに出発した。


 今は一瞬が惜しい。騎士達は涙を呑んで、もしかすると最後になるかもしれない家族との会う時間を後にした。


 馬を走らせる事、ニ十分。王都のすぐ隣にある都市には、すっかり火の手が上がっていた。よく見れば帝国の国旗を掲げた兵隊が見えた。この都市を落としたのが誰なのかは、誰でもわかる。


「騎士団長、あれ……」

「っ、……」


 新人騎士が見つけた“それ”は大量の血痕に彩られた熟年騎士の愛剣だった。妻からのプレゼントなんだ、と肌身離さずに持っていた事をしっている騎士達の頭に嫌な予感がよぎる。


 熟年騎士は死んだのか? 死んでおらずとも連れ去られて拷問されているという事もあり得る。それとも命辛々逃げ延びてどこぞで野たれ死んでいるかもしれない。


 どの結末だったとしても、熟年騎士はおそらく無事ではないだろう。


 騎士団長は副官にだけ聞こえる声で「馬鹿者めが」と呟いた。


 その一言にどれだけの感情が込められていたのか、副官に察する事は出来なかった。


 騎士団長は腰に差した剣を抜き、騎士を鼓舞する。


「我々はこれより一本の槍となり、帝国軍を穿つ! ついてこい!」


 そして誰よりも先に走り出した。慌てて副官が追い、幹部が続き、騎士達も置いて行かれるわけにはいかない、と走る。


 まさしく一本の槍の如き破壊力で立ちふさがる帝国軍を粉砕して行った。


 帝国兵の剣が、槍が、矢が騎士に届く前に彼らの悲鳴が上がった。


 辛い訓練を日夜行っている騎士達にとっては、この程度の攻撃などちょっと強い雨という認識でしか無い。


 これなら行ける。新人騎士は奮起する。


 そのタイミングで騎士団長は「皆、進め!」と叫んだ。


 しかし今はそれだけで十分だ。


 騎士団長の声を聞いた騎士は猛った。剣を振るい


 その様子を見て「よし。行ける」と騎士団長は確信する。


 次の瞬間――――「え?」


 違和感を覚えた騎士団長が腹部を見ると完全に抉れて内臓がはみ出していた。持っていた剣は根本からぽっきりと折れており、騎士団長ですら見えなかったが、凄まじく速い何者かに折られた事は確かだ。


 何があったか理解する事が出来ないまま、騎士団長は絶命した。


 制御する御者がいなくなったせいで馬がバランスを崩し、騎士団長は落馬して地面に何度も打ち付けられる。背後からぴったりと部下をつけていた事が災いした。分厚い鎧に身を包伝んでいた騎士団長ですら、大量の馬に踏み付けられれば一溜りもない。


 誰もが何が起きたかわからず、一本の槍となって突き進んだ王国騎士は初めて停止した。騎士団長の骸に怯え、周囲に殺した人物を探す。


 騎士団の誰もが愛した団長の仇は、必ず自分が討って見せると殺気立つ。


「ふふ。無様ね」


 どこからか、幼さを感じる高い声が響いた。どこにいるかわからず、皆が右往左往する。


 瞬き一つの間に三名の騎士が騎士団長と同じ様に腹を抉られて落馬した。地面に臓物が飛び出し、強烈な死の気配が充満する。


「っ、どこだ! どこにいるんだぁあああ!」


 一人の騎士が錯乱状態になった。周囲に味方がいるにも関わらず剣を振り回し、他人に傷を付けた。


 しかし止める事も出来ず、皆が落ち着かせようと説得をしていた時、それは現れた。


 場違いと言う程、戦場には似合わない黒いドレスを身に着けた幼女がそこにはいた。


「駄目よ、私のものに傷を付けないでくれるかしら?」


 幼女から放たれる鋭いビンタによって首をへし折られて、騎士は呆気なく最後を迎えた。


 皆が幼女に刃を向ける。


 呼吸を合わせ、副官の号令と共に騎士団による完全包囲の形で、幼女へ襲い掛かった。


 そして「新しい玩具の選び放題ね」と彼女は鋭い八重歯を見せて笑う。


 怪物の様に暴れて仲間を蹂躙していく幼女が自分に迫って来たところで、「うん、これにしよう」と幼女の呟きを最後にして新人騎士の意識は途絶えた。



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【短編版】黒い幼女は戦場で咲き、騎士達は儚く散った 近藤一 @kurokage10

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