第26話 新たな挑戦へ

―― 拓弥 ――


「拓弥!このLaneは何?私の知らない所で何をこそこそやってるの?」


 あのバーベキューの日を境に恵美は、少し様子が変わってしまった様に思う。


 以前は、自分の感情を押し付けたり、こちらの感情を蔑ろにすることは無かった。また、物事を落ち着いて対処できるような懐の広さを持ち、少し真由に似た雰囲気があると感じたこともあったのだが…。


「俺は、悪いことは何もしてないと思うけど…。」


「とにかく私が嫌なの!あの女とは連絡しないで!」


 恵美は、とにかく真由に対しては過剰に対抗意識を燃やしているように思う。俺は、恵美のこういう態度は苦手である。


 そして、退院してから初めての出勤日がやって来た。

 

《開発技術部 部長室》

 

「冴木部長!ご迷惑をおかけしてすみませんでした。また頑張りますので宜しく御願いします。」


「ああ。佐野、退院できて良かったな。その何だ…ちょっとそこに座れや。」


「はい。」


 俺は、部長に促されてデスク隣のソファーへと腰掛ける。


「佐野。悪いんだが今日から移動だ。」


「え!?どうしてですか?」


「お前、頭手術して麻痺が残っているだろ?しかも宮原君に聞けば利き腕の方らしいじゃねぇか?お前もわかってるだろ?技術者は手先が命だ。麻痺抱えたまま仕事なんざできやしねぇ。いや、正確に言えば、うちはそんな状態でこなせる程度の難易度の仕事じゃねぇ。お前は、智識も能力も高いが、こればかりは仕方ねぇ。」


「確かに今は上手に動かせませんが、リハビリも通っていますし、左手を動かすトレーニングもやってます。今すぐは難しいですが、必ず今まで通りになりますので…。」


「必ずだぁ?医者でもないお前がそんなことわかるのか?お前の麻痺の回復は、確定した未来の話じゃねぇ。それは、お前の願望に過ぎねぇだろ。そんな使えるかわからねぇ奴を置いて置ける程、こっちは人員的な余裕はねぇ。お前の我儘によって他の奴らが被る影響は考えたことあるのか?」


 正直、ここまで使えない呼ばわりをされて、頭に来ている。しかし、冴木部長の言っていることは、正論であると理解はできているのだ。俺は、自分が開発技術部の仕事を継続することにだけ執着していて、他の同僚に負担を掛けてしまうことまで頭が回らなかったのだ。


「仰る通りです。」


「なら今日から営業部へ行け。」


「営業部ですって?そんなの無理ですよ。やったことなんてないですし…。」


「甘ったれるな!営業部が無理だぁ?やったことないだと?誰だって最初はやったことないんだよ。なら、他にどこなら勤まるんだ。お前が出来ないってんなら、もう辞めるしかなくなるんだぞ!営業は、会社にとって重要な仕事の1つだ。俺たち開発技術部だって、細かなパーツまでは作れねぇ。中小企業の職人さん達が作り上げたパーツでロボ作ってんだ。俺たちと職人さん達を繋ぐ大事な仕事だ。麻痺は確かにハンデだが、営業ならばハンデにはならねぇはずだぜ!」


「確かにそうですね。冴木部長の意向に従います。」


「おう。どうせやるなら相手にお前さんの価値を認めさせろ。会社の為じゃねぇ。自分の為だと思って精一杯やってみろ!その繋がりがいつかお前にとって、役に立つ時がくるかも知れねぇよ。」


「はい。わかりました。冴木部長。ありがとうございました。お世話になりました。」


 こうして俺は、自分の希望する開発技術部より、営業部へ転属されたのであった…。俺は早速、営業部長へと挨拶に伺うことにした。


《営業部 部長室》


「ああ。君が佐野君か。宜しくね。経験ないみたいけど大丈夫?冴木部長がどうしてもって頭を下げるから引き受けたけどさ、彼が頭下げるのは珍しいことなんだよ。感謝した方がいいよ。」


「はい。ありがとうございます。」


「私だけじゃないよ。人事が絡むからね。事務部の人事課長にも行ったらしいから。君は、余程冴木部長に気に入られてるようだね。まあ、頑張りなさい。」


「冴木部長が…。」


(冴木部長が俺の為に頭を下げてくれてたなんて…。これは本当に頑張らないとな…。)


 俺は、麻痺の影響により、質の高い業務の遂行が困難であるとされて、開発技術部より、営業部へと移動となった。これは俺が望んだ結果とは異なるが、冴木部長が俺の為に必死に頼み込んだ結果である。実際、クビにされても文句は言えない状況であったとも言える。冴木部長の期待を裏切らない様に頑張らないといけないと思った。


――――


 週末の休日がやって来た。俺は現在ショッピングモールへ来ている。営業職に転向したことで、きちんとしたスーツが必要になったからである。2着までは領収書と引き換えに会社が負担してくれると言う。


「何故、スーツ選ぶだけで着いてくるんだ?」


「いいじゃない。私のセンスの方が当てになるでしょう?」


「ぐっ…まあ、そうだけど…。」


 どうしても着いてくると言って聞かない恵美と一緒に、フロアを散策しながらスーツの専門店を訪れた。


 俺的には特別な拘りはなく、正直問題が生じないならば何でも良かったが、恵美や店員さんが色々勧めてくるので、思いの外時間が掛かってしまった。結局、スーツは自分が選んだ物ではなく、恵美の趣味によって決定された。


 買い物は、無事に終わり帰る最中、見知った人と鉢合わせになった。それは、真由の交際相手の新田さんだった。


「新田さん?」


「あ…君たちは。」


「先日は、途中で帰ってしまい、申し訳ありませんでした。ほら、恵美も。」


「新田さん、ごめんなさい。」


「いや、俺達は大丈夫だったから気にしないで。」


「あの…真由は?」


「今日は、1人なんだ。そろそろ真由ちゃんの誕生日だから、プレゼントをね…。」


「ああ、なるほど…。」


「拓弥…まさか、あなたまで…。」


「恵美。俺のことはどうでもいいだろう。」


「ねぇ、新田さん。真由さんのこと、ちゃんと捕まえて置かなきゃ駄目よ!この人がちょっかい出すかも知れないから…。私も困っているのよね。」


「おい、恵美!人聞きが悪いぞ!すみません。新田さん。コイツが変なこと言って…。」


「あはは!大丈夫だよ。ちゃんと俺の魅力でそうならないようにするつもりだよ。佐野君、俺は負けないからね!」


「えっ…ちょっと!」


 新田さんは、そう言い残して立ち去ってしまった…。


「はぁ…。」


 真由が居ない場での三人の会話は、話が妙な展開となり、何だか気疲れしてしまったのであった…。


―――― to be continued ――――

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