第15話 病室にて

 私が骨折の治療を受けている間、彼の手術は既に始まっていた。私は治療を終えた後、手術室の待合室で結果を待つことにした。


 待ち時間は、時間の流れが遅く、長く感じられた。その間には、「手術が失敗した場合、どうしよう。」とか、「彼が命を落とした場合、どうしよう。」といった、ネガティブな思考が次々と湧き上がり、精神的に追い詰められた。


 私は不安定で、意味もなく立ち上がったり、座ったりを繰り返していた。彼の一大事に何もできない自分の無力さに苛まれた。医師が優秀であることを聞いているため、信頼し、ただ待つしかないことを理解していたが…。


 今回の震災の影響で、病院は多くの怪我人を受け入れ、関係者の方々には頭が下がる思いだった。病院の壁や床には大きな亀裂があり、この地域全体が大変な状況にあったことが理解できた。


 手術室の扉が開くと、看護師がベッドの前後について移動していた。ベッドには、頭に包帯を巻いた拓弥君の姿があった。その後に、執刀医が現れ、私は拓弥君のそばに駆け寄った。


 拓弥君は、麻酔が効いているため、まだ目は閉じたままだった。しかし、前に見た辛そうな表情ではなく、付き物が取り除かれたかのような穏やかな表情をしていたため、安心した。


「手術は成功しました。頭の中に溜まっていた血は綺麗に除去しました。とりあえず命の危険は回避されました。ですが、脳の神経や組織に多少ダメージがありましたので、後遺症などの障害が起きていないか、今後も注視していく必要はあると思います。しばらくは入院して、必要ならばリハビリを行いながら社会復帰を目指すことになるでしょう」


「わかりました。先生、助けて頂きありがとうございました」


 病室の場所を聞いて後に続いて移動をする。松葉杖での歩行には慣れていなくて、ゆっくりのペースで後を追った。病室は個室で、入室して腰を下ろす。


 とりあえず、一命を取り留めたことに改めて安堵する。あの大地震で崩落に巻き込まれた際の二人の生存は、奇跡に近い幸運なことだったのかもしれない。私は骨折はしたものの、拓弥君と比較すれば軽傷の部類に入るだろう。後は、拓弥君が後遺症もなく無事に社会復帰できることを祈るばかりである。


 拓弥君はぐっすりと眠っている。麻酔の影響であることは理解しているが、疲労も相当なものだっただろう。拓弥君は私の足を気遣い、ずっと私を背負ったまま歩き続けてくれたのだから。確かに仮眠も取ったのだが、非常事態にあの地下では充分な休息には至らなかったことだろう。


「拓弥君、頑張ったよね!ゆっくり休んでね」


 病室は静まり返り、私と拓弥君の二人きりの時間が流れていた。その静寂が、私の記憶を遡らせる。地下で仮眠をとる際、暖をとるために身を寄せ合って休んでいた時のことだ。彼の体温が私を包み込むようで、彼の手が私の手を守っていた。その瞬間、私は安らぎと安心感を感じた。たとえわずかな時間であったとしても、その瞬間が私の中で大切なものとなり、幸せな思い出として焼き付いていた。


 しかし、私が抱えるこの感情は、新田さんに対しての申し訳なさも引き起こす。それは、過去に拓弥君と交際していた頃や、お別れしてからも密かに抱いていた感情と一致していた。だからこそ、これからの未来を思うと、自然と深いため息が零れ落ちるのである。


 現状を客観的に見れば、私たちが交際相手であることを疑う人はいないだろう。しかし、現実はどうだろうか。私は拓弥君の友人であり、恋人としての立場ではない。私には新田さんがいて、拓弥君にも彼女がいると聞いている。私は、今後も拓弥君の傍にいて良いのだろうか?自分の立場と相手の立場を考え、心配で離れられない気持ちと自重すべきか悩み続けていた。混乱した思考が頭を巡る中、決断を下すことができなかったのである…。


―――― to be continued ――――

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