勇者を謀殺せよ~国王と司書のローン返済計画~

刺菜化人/いらないひと

俺達の戦い(ローン返済)はこれからだ!

 マイキャッスル。

 即ち自分の城。

 レンタルや先代のお下がりではなく新築。

 本当の意味での自分の城だ。


 それは世界中の王達の夢とロマンであり、人間の王だろうが魔族の王だろうがその本質は変わらない。

 この世界では共通の価値観だった。


 アッサム王国の国王であるアッサム26世は、玉座に座ってしみじみと紅茶を飲んでいた。

 ここは今年出来上がったばかりの彼の城である。

 ローンは45年、毎年の支払いは国家予算の40パーセントだ。


(やはり自分の城はいい……)


 こうして誰もいない王の間にいると、熱い思いが込み上がってくる。

 完成した直後の城を見た時の感動が蘇ってくるかのようだ

 彼は今年ちょうど40歳なので、完済するのは80代。


(これから頑張らないとな)


 ローンの金額は膨大。

 しかしこうして念願のマイキャッスルで過ごしていると、それも前向きに考えられるから不思議なものだ。


「一大事です陛下」


「ん? どうした?」


 アッサムが少年のように純粋な想いに浸っていると、秘書のエルザが王の間に入ってきた。

 彼女はまだ20代。

 しかしクールビューティーにして才媛だ。

 口で一大事だと言う割には非常に落ち着いている。


(ていうかコイツ、”一大事”と言いつつ普通に歩いてきたぞ……)


 この秘書はいつもこうだ。

 落ち着いた顔をして碌でもないことをさらりと口にする。

 まあ基本的に有能だからいいのだが。


「たった今、勇者達が魔王を倒したと連絡が入りました」


「ブホぉぁ!」


 アッサムは盛大に口の中の紅茶を吹いた。

 そもそも政務も謁見もないのにどうして彼がこんなところで紅茶を飲んでいるのかといえば、それはもう念願のマイキャッスルで心がウキウキだったから以外にない。


「ごほっ、ごほっ。勇者が魔王に勝った?! そんなバカな。本当なのか?」


「もちろん私も直接確認したわけではありませんが、諸々の情報からおそらく事実と判断して良いかと」


「あの穀潰し達が死ななかったのか……」


 異世界から呼び出した勇者とか4人。

 最初は魔族の国シルバニアと戦う戦力が手に入ったと喜んだのだが……。


 この4人、揃いも揃って世間を舐めまくりのダメ人間だった。

 勇者達の生活費は国で面倒を見ることになっているのだが、彼らときたら毎日贅沢三昧はするわ、高価な物は壊すわ、さらにはメイドどころか姫にまで手を出そうとする始末。

 どうしようもないので、軍団を派遣するはずだった予定を変更して彼ら4人だけで魔王城へと向かわせた。

 ……もちろん魔王にぶっ殺してもらうつもりで。


「まさか魔王が負けるとはな……」


 実力で魔族の頂点に君臨しているだけあって、軍事的な意味での魔王はものすごく強い。

 というか魔族軍自体が強い。

 幸いにして彼らの土地は痩せているので、他の国は交易品を餌にして彼らを押さえ込んできたのがこの世界の歴史だ。


「勇者の攻撃が魔族によく通るという話は本当だったようですね」


 エルザも頷いた。

 勇者達はこの世界の創造主である女神の加護を受けている。


 一つ目は人間からの攻撃をほとんど受けないというもの。

 二つ目は魔族からの攻撃もほとんど受けないというもの。

 三つ目は魔族に対する攻撃が増幅されるというものだ。


 このうち、確認ができたのは一つ目だけだ。

 確認しようにも、なにせこちらの陣営には魔族がいなかったのだから仕方がない。


「まいったな……」


「それから陛下、報告と一緒にこんなものが届きました」


 城のローンで苦しいというのに、あの穀潰し達の面倒まで見なければならないのかと頭をかこうとしたアッサム。

 そんな彼の前に、エルザが紙を差し出した。


「なんだこれは……、魔王城のローン?」


「はい。勇者達が魔王を倒しましたので、魔王城の所有権が陛下に移りました。それに伴い魔王城のローンも」


「……何を言ってるんだお前は」


「ですから魔王城の残り25年のローンの支払いが陛下のものに」


「いやいやちょっと待て! おかしいだろ! だいたい、そんなもん背負ったら一発で破産するわ!」


 魔王城のローンはアッサム国家予算の15パーセントを25年。

 物価や仕様の違いもあってかアッサム城よりは大幅にマシだが、現状でこんなものを負担したら速攻で財政破綻だ。

 そしてアッサム王国の国家財政というのは国王個人の財布ということになるので、つまりは国王が破産するということになる。


「終わる……。俺の人生が……、やっと手に入れたマイキャッスルが……」


「大変なことになりましたね」


「すまし顔で言うな! ええいっ! 何か策はないのか?! このままだとお前だって失業だぞ!」


 狼狽する国王。

 しかしエルザは冷静な表情を崩さない。


「あるにはあります。魔王城のローンを乗り切り、さらには穀潰しの勇者達すらも処理する方法が」


「本当か?!」


 中年のナイスミドルは差し込んだ希望の光を前におもわず立ち上がった。


「それはいったいどんな方法なんだ?!」


「はい。それは――」



「暇だー」


 真新しい図書室。

 少し前にここの司書として採用された少年ネテロは退屈を持て余していた。

 もちろん仕事がまったくないからだ。

 それほど広くもない図書室には彼以外に誰もいない。


「ホントに、なんでこんな部屋作ったんだか……」


 ネテロは黒髪を揺らしながら溜息を吐いた。

 聞いた話によれば、前の城にはこの類の部屋がそもそも存在しなかったらしい。

 この城を注文する際に業者のセールストークに乗せられてとりあえず作っては見たものの、利用者など全くいなかったということだ。

 殆ど、ではなく全くだ。


 そもそもどうして未経験の自分を司書を雇う気になったのかも不思議である。

 これだけ需要がなければわざわざ雇う意味があるのだろうか?

 なにやらここのお姫様がゴリ推したらしいが。


(ま、そのおかげでこうして仕事にありつけてるわけだけどさ)


「ごきげんよう、ネテロ様?」


 このまま昼寝でもしてしまおうかと思った時、扉が開いて今日初めての利用者が入ってきた。

 いや、正直言って彼女を利用者と呼んでいいのか微妙なところなのだが……。

 部屋に入ってきたのはアッサム国王の一人娘、エリーナ王女だ。

 彼女だけは例外的に毎日ここへやってくる。

 たしか年齢はもうじき16になるはずだったとネテロは思い出した。


「これはこれはエリーナ様。本日はお日柄も良く以下略」


 ネテロは最近使い慣れ始めた挨拶で彼女を迎え入れた。

 毎回同じ挨拶なので後半は省略している。

 この世界の感覚で考えれば不敬罪まっしぐらなわけだが、ここにいるのはネテロとエリーナの二人のみ。

 彼女がそれでいいと言ってしまえばそこまでだ。

 あの娘に甘い父親が、彼女に対して強く出れるはずもない。

 というわけでこれでいいということになった。


「ネテロ様はお暇かしら?」


「ご覧の通り」


 ネテロは手の平で誰もいない図書室を指し示して見せた。

 それを見たエリーナは嬉しそうだ。


「それでは、今日もまた本を読んで頂けるかしら?」


「ええ、もちろん」


「姫様。残念ですが、本日は我慢して頂きます」


 もはや自分の仕事は彼女に本を読み聞かせるぐらいしかない。

 ネテロがそう溜息をつきそうになりながら本を取り出そうとした時、エルザが部屋に入ってきた。


「あらエルザ。今日は何か他に予定があったかしら?」


「姫様にではありません。ネテロ殿です。大事な話がありますので、これから私と一緒に陛下の私室まで来て頂きます」


「僕に大事な話?」


「大事な話……」


 それを聞いたネテロとエリーナは即座に同じ結論に至った。


(いよいよクビか……。仕事ないもんなぁ……)


(お父様ってば、いくら城のローンが苦しいからって……。やっとネテロ様とお近づきになれたのに……)



「よく来てくれたネテロ君。……で、どうしてお前もいるんだ?」


アッサムは何故かエルザとネテロについてきたエリーナを見た。


「お父様を止めようと思いまして。理由はどうあれこうしてネテロ様をお雇いになった以上、雇用主として無責任な選択は慎むべきです」


「……? 何を言っているんだお前は?」


ネテロがリストラされる前提で話し始めたエリーナに対し、アッサムは首を傾げた。


「エリーナ様。大事な話と言うのは別にネテロ殿をクビにするという話ではありません」


「……えっ?」


「……えっ?」


ネテロとエリーナは互いの顔を見合わせた。

二人はそれ以外の可能性を全く予想していなかったらしい。


「大事な話というのはな……、これだ」


アッサムはそう言って件の請求書をテーブルに置いた。


「これは……、請求書?」


エリーナの目が丸くなる。


「魔王城のローンの請求書です。先日勇者達が魔王と倒したため、魔王城と一緒にローンの支払い義務も我が国に移りました。ちなみにこのままですと国家財政は数年で破綻します」


「破綻……。ってことは僕の給料も……」


「もちろん払えなくなります」


「そんなっ! エルザ、なんとかなりませんの?!」


「あります」


結局ネテロが無職になってしまうことに気がついて声を上げたエリーナに、エルザが即答した。


「勇者達には全員に多額の死亡保険が掛けられています。ですのでそれを返済に充てればよいかと」


「死亡保険……、って。勇者達ってまだ生きてるんですよね? まさか……」


「はい。そのまさかです。我々で勇者達を暗殺します」


ネテロの問いにエルザが平然と返した。


「いやいや……。それは流石に……」


「仕方がないんだ。俺の夢とロマンの結晶であるこの城、マイキャッスルを守る為には!」


「ドン引きですわ……」


 若干引き気味のネテロとエリーナを前に、アッサムが力説した。

 伊達に国王をやっているだけあって、妙な説得力がある。


「というわけでネテロ様には暗殺を手伝って頂きます」


「え……。なんで僕が……?」


 何がどうなったら”というわけ”になるのかわからない。


「それは……。これです」


エルザは持っていた書類袋から、もう一枚紙を取り出した。


「これは……、連帯保証人?」


「ネテロ殿は元々魔王城のローンの連帯保証人になっています。ですので、もしも陛下が破産した場合はその支払義務がネテロ殿のところに」


「なん……、だと……」


「ふふふ。まさかお前が魔族、それもよりにもよって魔王の息子だったとは気づかなかったが、もはやそんなことはどうでもいい。これで私とお前は一心同体というわけだ!」


 アッサムは魔王顔負けの悪人顔で笑みを浮かべた。


「そんな……。ネテロ様が魔族だったなんて。王女である私を攫ってあんなこととかこんなことをするつもりだったのね! そうならそうと言ってくれればいいのに!」


 この国のお姫様は顔を真っ赤にして嬉しそうだ。


「仮にローンを返済できなかった場合、債権回収業者が地の底までお二人を追いかけることになるでしょう。……私とエリーナ様は次の食い扶持を探すだけで済みそうですが」


 冷酷な秘書が現実を淡々と告げる。


「あの、クソ親父ェ……」


 ネテロは疎遠にだった父親を心底恨んだ。

 本当に脳筋を親に持つと碌な事がない。


「……殺しましょう、勇者達を」


「ああ……、もはや我らにはそれしか道はない」 


 巨額のローンを背負った国王アッサムと、その連帯保証人となった魔族の王子ネテロ。

 兎にも角にも、こうして歴史上初の人間と魔族の共同戦線が誕生した。

 目的は勇者達の殺害による死亡保険の獲得。


 こうして、彼らの仁義無き戦いが始まったのである。

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