叶うことがなかった「 」

ゆうはい

最初で最後の話

 

 ある種の自暴自棄だったのかもしれない。

 けれど私は貴方に会った時、その人相を見た時、この人なら大丈夫であると、足りない頭で培った直感に従えた。

 あの結末を迎えても、私は決して、今に至るまで後悔はしていない。

 

 出会いは冬、最後に逢えたのも冬、別れたのも、冬。

 遠い距離は障害にならず、積み重ねてきた交流からくる信頼と、未知の関係性、そして共通の趣味とが想いを育て、距離を忘れてお互い毎晩、話し込んでいましたね。

 覚えておいででしょうか。

 なんでも池にアジサイを浮かべるお寺があると知り、調べたら貴方の住む地にそれで有名な所があると話した時。あなたにそれを「知らない所もあるんだな、ありがとう」と言われた時。

 いつもあなたに教えられている身が、少しだけ救われたような気にもなりました。

 覚えて、おいででしょうか。

 私にとって雛祭りが楽しみなように、あなたにはこどもの日が楽しみの行事であった事を。関心のある行事が違うのは男女の差があって、子どもができたらなんて夢物語を話したりもしましたっけ。

 ……覚えて、おいででしょうか。

 雪の降る街で、待ち合わせをしたホテルの中で初めて会った時のことを。

 私がこの世を舐め腐った目だと思って嫌っていた目の形を、貴方は一瞬にして反転させた。貴方が私をどう感じたのかは知らずのままだけれど、こんな若い子がインターネット老人の自分の話題について来ていたのか、と思ったでしょうね。

 

 

 貴方は私の日常に入り込んできた。

 家に着いたらまずパソコンを立ち上げて、会話画面を開いてゲームも立ち上げて、電子世界の末端で、しょうもないのに面白いスラングと画像とを織り交ぜながら、たくさんの話をしましたね。

 風渦巻き鮫が飛ぶ映画の一挙放送を共に見て、とっぴな展開に2人でツッコミもして、椅子は武器にも盾にもなる、なんて理論を確立しました。

 睡眠時間も合わせて眠り、夜の電子逢瀬は真夜中の二時過ぎまで続いたり。私も暇だったのがありますが、それはきっと貴方と繰り返す日々がつまんないゲームを盛り立てたからもあるでしょうね。

 よくやれたなぁと今にして思います。

 今はもう、他にやりたい事が多過ぎる。

 でもその他にやりたい事へと目を向けられるようになったのも。貴方と過ごした時間が私にとっての救いで、癒しで、なによりも尊いものだったからなのでしょう。

 

 

 貴方の環境は少し話してくれた断片を思い返すに、複雑そうであったから。

 優しい貴方は、家族を捨てたそのロクでもない父の血を引く自分が、幸せな家庭を築く事が出来ないのだろうと。そう考えて私を突き放したのかもしれない。

 幸せになって欲しいと、締めくくったのかもしれない。

 確かに、今の私は幸せだ。

 好きと好奇心を深め、のらりくらりと生きながら一歩を踏み出そうと、足掻いている。

 寂しくて、孤独のあまりに他者に触れて欲しいと思う事はあっても。体として、馬鹿みたいに甘ったるかったりしょっぱい物を時折、スナック菓子感覚で健康に悪くても求めてしまう……そういうのと一緒でしょう?

 そういう物を食べるみたいに実行なんて、私にはとても出来やしないし、そんな暇も無い。これまでの怠惰を全てを、貴方との時間を、無駄にしないために。

 貴方以外のぬくもりを知らないけれど。

 それは、脳が一時的に満足しても持続は短く、心身こころからの満足は望めないと、理解しているからで。

 ……理屈っぽい。

 けれど、仕方ないじゃない。心身相関とも言うのだし。

 それにもし……はやく立ち直ってしまったら、全て嘘なんじゃないかって、疑いたくなってしまうから。

 二度と会えないであろう貴方の事を、故郷の味を思い出すようにして想うこと位は、許してちょうだいね。

 

 私はまだ、貴方に貰った言葉と思いを何篇かメモに綴って残してある。

 綴ったとはいってもそれも電子であるから、いつか事故って消えてしまうかもしれないけれど。

 その断片を見ただけで、誰かが――いや、他でもない貴方が。

 私の事を気遣って、励ましてくれて、休むんだよって、言ってくれたという事実が、現実だったという証として、心にも存在してくれるだけで。

 それだけで私はまた一歩、真っ直ぐに歩めるから。

 それは間違いなく幸せな事だろう。

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叶うことがなかった「 」 ゆうはい @yuhai_sida

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