第2話 婚約破棄
ベッドの上で心地よく目覚めた朝というのはどれほどの至福だろうか、などといつも考えているエリシアは、今日だけは流石に違った。
「サターシャ、今、なんて?」
「ですから、エリシアお嬢様、婚約破棄ですよ!テオドール王太子殿下とお嬢様の婚約破棄です。今朝方、そう書簡が届きましたよ!」
ほら、というように、王室の印が入った書簡をエリシアに見せる。
「き、聞いてないわ~!!!」
エリシア=ティア=リステアード、19才、本日王太子殿下に婚約破棄されてしまいました。
「お、おはようございます。お姉様、お兄様。」
食堂にはすでにお兄様とお姉様が揃っていた。
お母様とお父様は只今、視察で、あと一ヶ月は帰って来ない。
というわけで、留守を預かっているお兄様に婚約破棄の件を報告しなくてはならないわけで…………。
「シアが婚約破棄?!それは本当なのか?」
「なんですって!!私のシアに良くもそんなことができるわね!あのヘタレ王太子!」
「今朝しがた届いた手紙にはそう書かれて。」
「王城に文句言ってきますわ!ありえなくってよ。いくら王家とはいえ非常識極まりないわ!サターシャ、馬車を出しなさいっ! わたくしが、王城など木っ端みじんに……」
アイリスお姉様の手のひらには、すでに燃え盛る魔法の火が用意されていた。
「アイリスはいったん落ち着こうか」
激情型のアイリスお姉様が手の上の火を鎮火させたところで、みなが落ち着いた。
「私は来週、成人の儀で必ず王城に上がらなければなりません。
婚約破棄されたとなると、私は成人の儀を受けられなくなります。
どうすればいいのでしょうか?」
「そうだな……成人の儀は婚約者がいないと成り立たないからな。
あと一週間で、新しい婚約者が見当たるかは……厳しいか……
まずは王城に婚約破棄について確認を入れさせてもらう。それと、断罪的なものが……」
やはり、何かの咎で婚約解消された私は断罪されるのか…………
エリシアは歯を食いしばって、表情が表に出ないよう、するのが精一杯だった。
「良かったー! これで王妃教育ともお別れよ~! これ以上ない幸せだわ~」
「エリシアお嬢様。行儀悪いですよ。」
部屋のベッドの上で足をバタバタさせているエリシア。開放感に満ち溢れていた。サターシャしか他にはこの部屋にいないとはいえ、侯爵令嬢あるまじき行動である。
「王太子妃教育って退屈だし、テオドール様もいつも私に興味なさそうだったから、私の未来が助かったわ~。
さっきはちょっと嬉しすぎてお兄様の前でニヤけそうになったから危なかった~! 断罪は怖いけど。」
「お嬢様、暴れないでください。
というか婚約破棄されて喜ぶ令嬢なんて、お嬢様くらいですよ。」
サターシャはお茶の用意をしてくれていた。アップルティーの香りが鼻をくすぐる。
「そんなことないわ。愛してくれなさそうな人と結婚なんて、シンドイと思うわ。
テオドール様が私に関心なかったのは社交界でも有名だし。とりあえず、嬉しいわ!」
「…………なんか、殿下がお可哀想ですね……何も伝わっていないなんて」
「へっ?何が??」
エリシアにとって今、より重要なのはテオドールとの婚約解消の話よりも、目の前にある、アップルティーとマカロンだった。
一方その頃、王城では。
「はぁ……シア、やっぱり、君は喜ぶんだね……」
遠隔で、物事をすべて映し出す―映水盆
そこにうつる、マカロンを幸せそうに頬張るエリシアの美しい笑顔を見る者がひとり。
怒りと悲しみのオーラで溢れた薄暗い執務室に冷たく響く声。
手元にある書類を暖炉に焼べて、男は執務室をあとにした。
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