<完結>婚約破棄に愛は必要なのですか? 〜婚約破棄されたら、自分が何者かを知りました。

結島 咲

第1話 序章

 


 ―――誰も君のことなんか愛してないよ。だって、どうでもいいんだから、君のことなんて。――


 それは私を一生縛る呪いの言葉になった。



―――――――――――――――



『ド、ドォ――――ン!』

 

 また近くで雷が鳴る。

 

 激しく雨の降る中、その少女はひとり、走っていた。


 土にまみれた外套のようなものを体に巻き付けながら、不気味な暗い夜の森を駆けている。粗末な外套に似合わず、外套の下には豪華なドレスを身につけているのがわかる。



  

 (逃げなくては……生きなければ…………)

 

 そうでなければ、自分を逃がすために犠牲となった人が浮かばれない。涙と雨でにじむ視界は、もう景色ではなく、走馬灯がまるで映画を見るかのように流れ始めていた。

 

 走り続けた辛さと寒さでこわばった足や腕には感覚がもうない。外套から染み込む雨水は確実に少女の体温を着々と奪っていく。さらに、足の踏み場も悪い。

 


 (圧倒的に不利だ)



 

「殺せ――! ✕✕の生き残りを殺せー!」

「俺は嫁と娘が✕✕に殺されたんだー!」

「私もよ。夫はあらぬ疑いで獄死したわ!」

「✕✕なんてほろんでしまえ! 皆殺しだー!」


 


 後ろの木々の隙間から、民衆の叫び声と、大勢の足音が聞こえる。


『違う!』と否定し、叫びたかったが、そんなことはできない。見つかれば殺されてしまう。


―それに誰も、今の私の話など聞く耳を持たないだろう。

 

 そちらに気をとられていたのか。足を森の穴に取られた。

 


『ズコッ!ボキ!』

 

 …………足の骨まで折ってしまった。

 とてもじゃないが、これ以上先に進むのは困難だろう。

 

(もう、もう……駄目。もう逃げられない。殺さ……レル)

 

「こっちだ! 足音がしたぞ! 追えっ!」

 

 民衆の声がよりいっそう近くで聞こえる。


 少女がなんとか逃げようと、木にもたれかかってのっそりと立ち上がった時、目の前には見知らぬ男が立っていた。男はおぞましい赤の血濡れた剣を持っていた。刃先が赤くきらめく。



「 ――――…… 」


 

 最後に覚えているのは、ずっとむこうに見える、燃え盛る城だった。


 盛者必衰という言葉がよぎった。

 

 残ったのは赤色ばかり。

 そうしてこの日、一族は滅亡した。



 ――――――――




ベッドの上で心地よく目覚めた朝というのはどれほどの至福だろうか、などといつも考えているエリシアは、今日だけは流石に違った。



「お嬢様、婚約破棄だそうです」


「サターシャ、今、なんて?」


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