第11話 占い師

 秋葉駅前から縦横無尽じゅうおうむじんに伸びている0番線商店街ぜろばんせんしょうてんがい

 通称『0番街ぜろばんがい』。


 この一風変わった街の名前には秋葉一族が関係しているらしい。

 採掘した石油を運ぶための輸送路が必要だと考え、まだこの国に普及して間もない鉄道に目を付けた。長年にわたる政府との話し合いの末に鉄道路線が引かれ、秋葉市は『鉄道の街』として少しずつ発展していった。数百年経った今でも鉄道はこの街の人たちの生活をいろいろな形で支えてくれている。


 0番線は、秋葉駅にかつて存在した鉄道路線で現在は廃止されている。しかし、名前だけでも残したいという地元住民の想いから商店街の名称として使われることになったのだという。


 僕と師匠は屋根付きの0番街表通りを歩いている。シャッターの閉められている店も多いが、鉄道の街らしい電車の絵が色鮮やかに描かれているおかげで寂しさがいくらか和らいでいる。


「師匠。一つ聞いてもいいですか?」

「なに?」

「どうして騙り部一門は秋葉一族に仕えているんですか?」


 古津家の人間は秋葉一族に何世代にもわたって嫌な視線や嫌な言葉を向けられているのに、どうして今も彼らのために働いているのか。僕は不思議で仕方がなかった。


「ねぇ誠実。この街は好き?」

「好きです」

「ふふふ。もっかい、もう一回好きって言ってくれるかな?」

「あの、僕はまじめに聞いてるんですけど」

「ごめんごめん。まあ私も、秋葉一族を根絶ねだやしにしようかと思う時はあるよ?」


 師匠はたまに笑顔で怖いことを言う。

 しかも嘘か冗談かわかりにくいから困る。


「秋葉一族は合理的かつ打算的に考えて動くけど、それは私腹を肥やすためだけじゃないの。ちゃんと街のため、街に住む人のことも考えている。この街を見たらそう思わない?」


 そう言われるとたしかに。

 電車は今も街の人の足として活躍しているし、全国の鉄道ファンがたまに訪れているからささやかな観光資源としても役立っている。


「だから私はこの街が好きだし、秋葉一族のために働くのも嫌いじゃないんだよ」

「じゃあ、悪口を言われたり変な目で見られたりするのは嫌じゃないんですか?」

「それはちょっと辛いけど、秋葉一族にも騙り部のことが好きな人はいるからさ」

 誰だろう。そんな人がいるなら僕も会ってみたい。

「ふふふ。ここからは仕事の時間だよ」


 話をしながら歩いているうちに目的地に着いていた。田舎の商店街によくある休憩所。鉄道の街らしく『まちの駅』という名前が付いている。たしか地元の名産品や手作りの小物やお菓子が売られているはず。


「実人の話では、ここに例の薬を売りさばいている奴がいるらしい」

「それってヤクザですか……?」

「ううん。そういう人たちは何年も前に消したから。もうこの街にはいないよ」


 ん? 


 今、消したって……いや聞かなかったことにしよう。


 僕はもう一度『まちの駅』の中を見る。やはり善良な一般市民しかいなさそうだ。

 やはりこんなところで違法薬物の取引が行われているとはとても思えない。


「よく当たると評判の占い師がいるみたい。占ってもらった人はみんな心も体も気持ちよくなってまた占ってもらうために来るらしいよ。なーんか怪しいと思わない?」


 それを聞いて緊張が高まる。あまり信心深い人間ではないが、占いで心も体も気持ちよくなるなんてことあるだろうか。いや、そんな占いがあるとは思えない。

 もしその占いが心も体もスッキリするという違法薬物の取引の隠語だとしたら……。


「誠実」


 急に呼ばれて我に返る。

 いつになく真剣な表情をした師匠がこちらを見つめていた。


「これから店内で占い師に会うよ。交渉は私がやるから、誠実は周囲を警戒してくれる?」

「はい。もし相手が手を出してきたらすぐ後ろに隠れてくださいね」


 騙り部として頼りない僕でも壁役くらいにはなるだろう。

 師匠が先に入って僕もその後に続く。言われた通りに周囲を警戒しつつ奥へ進む。

 机とイスが並ぶ休憩所まで来ると足が止まる。くだんの占い師は、すぐに見つかった。


『あなたのお悩みを聞かせてください。なんでも相談に乗ります』


 机の上には小さな看板が掲げられていた。

 そこに若い女性が本を読みながら座っている。服装は白のパーカに花柄のスカートを合わせている。カジュアルな装いをしているけれど、おそらくこの人がそうだろう。こちらの視線に気がついたのか、女性が本から顔を上げた。


 師匠はどうするのかと思う間もなく動いていた。向かいの席に腰を下ろして交渉に入る。

「おうおう。誰に許可もらって商売してんだ? 私も気持ちよくしてもらおうか?」


 師匠……それは交渉ではなく脅迫です……。


「ビックリしたぁ。セーラー服着てるから本物のヤクザかと思っちゃった」

「機関銃も用意しておけば良かったですね」


 女性と師匠は大きな声で笑い合う。

 僕は呆れを通り越して混乱していた。

 どうしてあの流れで意気投合できるのかと。


「初めまして。私は騙り部。嘘しか言わない騙り部です。この街で起きる奇怪な出来事を嘘で解決することを生業としています。私のことは騙り部と呼んでください」


 いつの間にか自己紹介が始まっていた。僕も弟子という肩書きと本名を伝える。

 その女性は騙り部という呼称にも全く違和感を覚えずに受け入れたようだった。


「こちらこそ初めまして。わたしは鏡淵真理かがみふちまり。大学一年生。よろしくね」

「鏡淵さん、ですか。珍しい苗字ですね。取られないように気をつけてください」

「おもしろい冗談ね。学校で流行ってるのかしら?」

「いいえ。この街で流行っているんです」


 師匠は事実を伝えるが、相手はそれもまた冗談だと思ったのか怪訝けげんな顔をする。


「鏡淵さんは、ここでなにをされてるんですか?」

「真理でいいわ。見ての通り悩み相談を。あ、ちゃんと許可は取ってるからね」


 彼女は微笑みながら小さな看板を指さす。たしかにそこには占いという単語はない。

 実人さんがどこから情報を得たのかわからないが、実際には悩み相談だったらしい。


「騙り部ちゃんはどうしてここに? わたしになにかご用かしら?」

「めんどくさい雇い主から怪しい奴がいるから調べてこいと命令されて来たんですよ」

「あはは。騙り部ちゃんって本当におもしろい。嘘で解決っていうのも気になるわ」

「ふふふ。騙り部のことを知らないなら、真理さんはこの街の生まれではないですね?」

「ええ。実家は同じ県内にあるんだけど、ここから電車で二時間以上かかるわ。だから大学へ通うためにこの街へ引っ越してきたの。わたし、教育学部に所属していて将来は学校の先生になろうと思っていて。ここではボランティアで子どもたちの悩み相談をやっているのよ」

「ボランティア? じゃあ、お金は取ってないんですか?」

「悩み相談と言ってもお話したり遊んだりするだけだから。お金なんて頂けないわ」


 真理さんは本当に申し訳なさそうに言う。

 師匠は情報を引き出すためにいろいろと質問をしていく。


「真理さんは以前からボランティア活動をしてるんですか?」

「ええ。昔から人の役に立つことがしたくて養護施設を訪れたり被災地へ行ったり」

「すごいですね。個人で活動するのは大変じゃないですか?」

「そうね。でも、わたしは一人の方がやりやすいから……」


 穏やかな声で話す真理さんは、初対面の僕らとも自然に会話できている。この人当たりのよさなら誰とでもどこでも問題なさそうだけど、いろいろ事情があるのかもしれない。


「でも、こんなところで女一人で悩み相談なんてやっていたら怪しまれちゃうわよね」

「すみません。怪しさでいえば騙り部の方がずっと胡散くさいと思うんですけど」

「あはは。お弟子さんなのにそんなこと言っていいの? あなたもおもしろいわね」


 真理さんの表情が少し明るくなった。場を和ませるために言ったのがよかったらしい。


「ところで騙り部ってなあに? 学校で流行ってるごっこ遊び?」


 しかし、高校生ではなく小学生や幼児を相手にしているような接し方には困ってしまう。


 僕は秋葉市に伝わる昔話や騙り部の仕事の一例を説明した。真理さんは半信半疑といった風に聞いていたが、最後まで聞き終えると感心したようにうなずいた。


「騙り部って街を守るヒーローみたいでカッコイイね。これからもがんばって!」


 そんな言葉をかけられるとは思ってもみなかった。いや、きっとお世辞か社交辞令だろう。そう思っていたら僕の肩に手が置かれた。見れば師匠はうれしそうに笑っている。


「ありがとうございます。そう言っていただけると私たちもうれしいです」


 師匠の五感は、真理さんが嘘をついていないと判断したのだろう。

 紅葉邸では嫌な視線や嫌な言葉をかけられたけれど、0番街では初対面なのに優しい言葉をかけてもらえた。僕もしっかりと頭を下げて感謝の気持ちを伝える。

 しかし、当初の調査対象である心も体もスッキリさせる占い師はどこにいるのだろう。


「そうだ。もしよかったら二人も悩み相談していかない? 予約している子が来るんだけど、ちょっと遅れているみたいだから。それに、騙り部やこの街のこともっと知りたいわ」


 真理さんが明るい表情と声で提案してくる。

 僕たちは占い師を探さなければならないので丁重にお断りしてから席を立とうとする。


「自分で言うのもなんだけど、ここで相談すると心も体もスッキリするって人気なのよ」


 今なんと言った? 心も体もスッキリ? 

 じゃあ、この人が噂の占い師なのか?


 師匠が舌先をペロッと出したのが見えた。

 僕の背筋に冷たいものが走る。


「それじゃあ騙り部ちゃん。左手を出してくれる?」

「あれあれ? 悩み相談に手を触れる必要はありますか?」


 師匠は意地悪そうな笑みを浮かべて揺さぶりをかける。

 たしかに相談なら話を聞くだけでいいはずだ。それなのに手を出す理由はなんだろう。


「手と手で触れ合うことでストレス解消するセラピーがあるのよ。初対面の人に触れるのが嫌な人はいるから断ってもらってもいいんだけど……ダメかしら?」


 もっともらしい答えが返ってくる。嘘とも本当とも思える無難な内容だ。

 僕には判断がつかないけれど、嘘を見抜ける師匠ならわかるはず。


「騙り部ちゃん。嘘だと思うかもしれないけど、わたしの話を聞いてくれる?」

「大丈夫ですよ。私に嘘は通じませんから」


 師匠は事実を述べる。それも冗談と思ったのか真理さんが微笑む。

 それから近くに誰もいないことを確認してから小声で告げた。











「実はわたし、人の心が読めるのよ」

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