騙り部はやさしい嘘しかつかない
川住河住
第一章 記録からも記憶からも消えた少女
第1話 嘘しか言わない騙り部
「
突然、学ラン姿で眼鏡をかけた男に声をかけられた。
この人が誰なのか、それはわからない。
しかし、助けを求めているということはすぐにわかった。
「あの、どうしてわかったんですか? 僕が騙り部だって……」
「騙り部は
男は眼鏡をかけ直しながら言う。
それから呆れたような声で付け加える。
「あげパンを両手に持ってバクバク食べている奴だとも聞いた」
今しがた駄菓子屋から出てきた僕の両手にはあげパンがある。右手には白い砂糖をまぶしたもの、左手にはきなこをまぶしたもの。こんな姿を見たら誰だって僕が騙り部だと思うだろう。間違いではないけれど、真実は少し違う。
「すみません。僕は一門に入ったばかりだからひとりで仕事はできません。近くの公園にもうひとりいるので、詳しい話はそこで聞かせてください」
「……わかった」
駄菓子屋の前の公園に男を連れて行く。園内に遊具は一つもない。あるのは、公衆トイレとベンチだけ。それでもランドセルを背負った子どもたちが元気に駆けまわっている。青々とした芝生に寝転がっている子もいる。
騒がしい周囲を気にすることもなく、ベンチで気持ち良さそうに眠っている女の子がいる。こんな場所でよく寝られるものだといつも感心する。
「起きてください。仕事の時間ですよ」
少女のまぶたがゆっくりと開き、大きくて澄んだ瞳が僕の姿をとらえる。
目が合っただけで心の中まで覗かれているような気分になった。
その女の子は、ベンチに座ったままゆっくりと背筋を伸ばす。
黒いスカートからしなやかな脚をのぞかせ、透き通るように白い肌が露わになる。
立ち上がると、腰まで伸びる艶やかな黒髪が風にさらさらとなびく。
整った目鼻立ちと引き締まった腰、背筋をピンと伸ばした姿は堂々としている。
朱色のスカーフが巻かれた黒いセーラー服がよく似合っている。
この世の人とは思えない美貌の持ち主。
絶世の美女と言っても過言ではないだろう。
しかし人は見かけによらない。
いや、この見た目に騙されてはいけないのだ。
「ん~。よく寝たぁ~。あ、買ってきてくれたの? ありがとう!」
彼女は僕の頭を撫でると、砂糖ときなこのあげパンを受け取ってバクバク食べ始める。
先ほどまでの大人びた美しさはどこへやら。口を大きく開けてかぶりつく姿は、あどけない子どものようだった。起きたばかりでそれだけ食べられるなら目も頭も覚めているだろう。
「おはようございます、師匠。依頼人が来ていますよ」
あげパンを食べている美少女、師匠がじっと見つめてくる。
「あれあれ? 今日は仕事の連絡なんてもらってないよ?」
「だけど、もうそこに……」
「0番街には騙り部がいると聞いたが、君がそうかい?」
しびれを切らした男が割って入ってくる。
「初めまして。私は騙り部。嘘しか言わない騙り部です。この街で起きる奇怪な出来事を嘘で解決することを
師匠が笑みを浮かべてあいさつする。
しかし口元には、砂糖ときなこがついたままだ。
「たしか君は、二年一組の
依頼人は思い出すように口を開いた。
「あれあれ? どこかでお会いしましたっけ?」
師匠は首をかしげながら尋ねる。
「会うのは今日が初めてだけど、いろいろ知っているよ。僕は秋功学園三年一組の
風紀委員に顔と名前を覚えられているなんて……いったいなにをしたんですか……。
「ご迷惑をおかけしてすみません。そういえば秋功学園の校則で華美な装飾品の着用は禁止だったと思いますが、私の記憶違いでしょうか。風紀委員長の坂爪陽介先輩?」
陽介さんの左手の薬指には、銀色の指輪がはめられている。
今さら隠しても仕方ないと思ったのか、開き直った口調でとうとうと話す。
「それは校内にいる間だけの話だ。学校の外へ一歩でも出てしまえば問題ない」
師匠は笑みを浮かべてあげパンをかじる。
おそらく
「それより古津。君はどんな問題でも解決してくれると聞いたが、本当なのかい?」
「ええ、どんな問題でもペロッと解決してあげますよ」
師匠は赤い舌を出して口の周りをなめる。
子どもっぽい行為なのにどこかいやらしい。
「私のことは騙り部と呼んでください。古津家の屋号なんです。こちらは弟子の
師匠には、余計なことを話したがる悪い癖がある。
血の繋がりがあるとはいえ、年齢が一つしか違わない男女がいっしょに暮らしていたら不純異性交遊と疑われないか心配だ。
「なら騙り部。僕の妹を探してほしい。友達の家へ行くと言ってから帰ってこないんだ」
陽介さんは深刻な表情で話す。こちらの冗談を気にする余裕もなさそうだ。
だが正直拍子抜けした。
騙り部とは人の手には負えない問題を解決すると聞いていたのに、まさか人探しを依頼されるとは思わなかった。普通なら警察、あるいは探偵に頼むだろう。
師匠は、笑顔を絶やさずに話を聞いていく。
「妹さんは、いつから帰ってないんですか?」
「いなくなって……もう一週間は経つ」
「失礼ですが、年頃の女の子が一週間も家を離れるのはおかしいと思いませんでした?」
「うちの親はもともと放任主義だし、妹が友達の家に泊まることはよくあったから。それに僕とあいつは仲が悪くてあまり話さないんだ。でも、まさか、あんなことになるなんて……」
陽介さんが銀色の指輪を人差し指で撫でる。
「ふむふむ。妹さんがいなくなってから連絡はありました?」
「ない。こちらから電話してもつながらないから困ってるんだ」
「それは心配ですね。もう警察には相談しましたか?」
「ああ……いや……」
突然、陽介さんが黙り込んでしまった。
なにも難しい質問はしていない。
「はい」か「いいえ」で答えられる簡単なものだ。
「陽介先輩? 大丈夫ですか?」
師匠が心配そうに尋ねる。
失踪した人の捜索は、真っ先に警察へ頼むのが常識的だと思う。
自分で言うのもなんだが、騙り部というよくわからない存在に頼むなんてどうかしている。
もしかして、なにか言えない事情でもあるのだろうか。
「妹さんの写真はありますか? 写真があれば僕たちだけで探すこともできますよ」
探偵や興信所に守秘義務があるように、騙り部一門も依頼人の秘密は守る。
いくらおしゃべりの師匠でも依頼人の秘密を言うことはない。
「写真は……見せられない……」
陽介さんは、青白くなった顔を横に振る。
「さっき、あんなことになるなんて、とおっしゃいましたね。どういう意味ですか?」
また師匠が問いかける。
陽介さんの体がビクッと震える。
「どうか話してください。嘘偽りなくすべて」
師匠の張りのある声が耳に届く。
その瞬間、春のおだやかな風が吹き抜けていった。
「あり得ない話だと、嘘だと思うかもしれない。
それでも聞いてくれるかい?」
陽介さんの喉の奥からしぼり出すような震えた声が出た。
師匠と僕は深くうなずいて見せた。
「あいつは友達の家に泊まると言って出て行ったきり帰ってこないと言っただろう。でも、さすがに何日も泊まるのは迷惑だと思ったから親に相談したんだ。そしたら……」
陽介さんは両手を組んで祈るような仕草をとる。
辺りは暗くなってきているけれど、街灯の光を浴びた左手の指輪だけは輝いている。
「妹なんていない。うちは三人家族だ。
そう言われたよ」
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