食の遍歴・自在の宇宙・オデッセイ・自身を語る

どですかでん

拉麺食べる哀しいマリア

 おとといビュッフェとかいう立ち喰い形式の食堂へ行った。

 最近ではフレンチとか中華とかいったすでに成立している主題テーマをないがしろにして、やたらめっぽういろいろな食物をあちこちに濫立させている食事様式が横行しているようで、会社や大学でもなにかとビュッフェが叫ばれると聞く。

 これこそひとつに的を絞らず、あれも喰いたいこれも喰いたいなどと限りの知らぬブラックホールの如き欲張り・強欲・我儘・貪欲をそのまま具現化したかのようなやり方で、権化、まことに醜く、あえてひとつだけいうなら昔はこういうことはなかった。そういうわけだからおれはビュッフェを空手道や柔道といった概念と同じくする食物「道」から外れた外道とみなし、常に対峙、親の仇的存在としてその動向に着目、片時も眼を離さずにいた。憎しみのビュッフェ。憎いぞ。くっ。

 ホーテルには蟹目当ての醜女しこめがいっぱいで、ビュッフェとはいいながらも蟹やん、と理解に苦しむところがあり、だったら蟹専門店にしちゃえば好さそうなものだが、しない、というのは蟹以外にも刺身、ハンバガー、茶碗蒸し、バタ付きパン、米、麦、粟、バナナ、グレープジュース、御握り、煎餠、うどん、そば、梅干、かき氷、ピッツァ、カステラ、羊羹、穴子、ひじき、鮪、鰻重、フォアグラ、キャビア、エスカルゴ、ミネストローネ、ババロア、トリュフ、燕の巣を喰いたい欲望が裏にあるからであって、というようなことは前言ったので割愛する。

 地下鉄を降りて地上へ上がりまっすぐ歩いて入ったホーテルの階段を下って行った地下の食堂ではすでに十人くらいのひとが待っていた。

 煩雑だったのは歩きながらもすでに心がホーテルの食堂に到着していたために、いまおれ、まだ歩いてるやんという現実との乖離かいり・ギャップ・相違・溝と、合せて実際着いてみればそこは妙にきらびやかで、つつしむ、という日本の美的感覚が圧倒的西洋の力に打ちひしがれ、黙殺されていたことのふたつだった。極端な西洋化がどだい無理な話なのである。

 漫画好きの麻生太郎元外務相が国際漫画賞を創るのはまあわからなくはない。しかし計画で済むところを気取って、スキーム、と言うのはわからぬ。なにが違うんねや、阿呆と調子に乗って思ってしまう人も山ほどいるんじゃないかしらん。おれなんかはJRをまだ国鉄と呼んでいるが、根も葉もないうわさによれば国鉄の「鉄」が金を失うに見えるからJRにしたそうである。だからいまでも鉄じゃなくて金と矢の「鉃」になっているらしい。細かすぎるわ阿呆。

 珈琲屋に行ってみたらええ。最近の珈琲屋は珈琲豆だけじゃ飽き足らずほかに大豆やあずき、バナナ、蜂蜜、ウイスキー、菓子、茶、トマトも売っているようで、果して大豆やあずき、茶で珈琲ができるのか。また商品の成分表示を見れば林檎、蜂蜜、ヴィタミンC、塩化ナトリウム、グルコース、ポリエステル製パッケージ、リサイクル、ミネラル、アクア、キャップラベル、エネルギーゼロ、情報サイト、フリーコール、ホット、レンジでチンなどという昔からしたらあり得ないくらい意味不明な用語がみさかいなく、躊躇すらなく、惜し気もなく、むちゃむちゃに濫立されていた。無法地帯か。


「あかん。砕ける。砕け散る」


 思わずそうつぶやいた。そしておれの心は破壊された。波の音がした。ざんぶ。

 カタカナ語の波はここまで及んでいた。おれはさきほどホーテルの地下でビュッフェをもよおす所を食堂と呼んだ。しかしホーテルはあくまでレストラントなどと銘打ってお洒落に構えようとしている。別に食堂でかまいやしない。あるいは、餐店さんてんだってなかなか粋、っていうか通り越して素適な気もする。レストラント、と言われて果して意味がきちんと通じるものかしら。辞典をめくってみた。


「(高級な雰囲気を与える本格的)西洋料理店。フランス語。」


 広義では中華料理屋も含めるなんて書いてある辞典もあるが、要は世間一般では異国の料理を出す店がレストラントなのである。

 しかるに頻繁に街中で見かける、和風レストラント、とはなんぞや。あるいは、レストラントと大書しながら蕎麦やうどんを出すのはいかがなものか。詐欺ではないか。店主は蕎麦やうどんを指してまさかラーメンだと主張するつもりなのだろうか。


 つづく

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