おまけ①【希望を込めて】

 おまけ①【希望を込めて】














 「げほっ」

 息苦しさに意識が戻った朝日は、自分が炎の中倒れていることに気付く。

 すでに外に逃げだすことなど不可能だろう。

 一体どうしてこんなことになってしまったのかと、自分に苛立ちを隠せないが、そんなこと気にしている場合ではない。

 どんどん酸素は減っていくし、逃げようと思っても火傷は確実だろう。

 いや、火傷で済めば良いが、最悪そのまま炎に呑まれて火だるまになることくらい、容易に想像出来た。

 「はあっ。ここまでか・・・」

 走馬灯のように自分の人生を振り返ってみようと思うが、それほど大それた人生など送ってはいなかった。

 なんとか上半身を起こしてみるが、息苦しさで頭が回らない。

 こんなところで一生を終えるとは思っていなかったが、致し方ない。

 そういう最期を迎えるかもしれないということは、この仕事を引き受けた時に覚悟していたではないかと、自分に言い聞かせる。

 それでもなんとかしてこの状況から脱する方法はないかと、動く顔で辺りだけでなく天井なども見てみる。

 「あれ?」

 ふとそのとき、気付いた。

 自分の身体から出ている赤いもの。

 「・・・・・・」

 朝日は数秒だけ、自分の手についたそれを眺めたあと、ゆっくりと立ち上がる。

 何度も咳込みながら、朦朧とする意識を少しでも鮮明にしようと、ある男との会話を思い出す。

 『朝日、お前って本当向いてねえよ』

 『何が』

 『人欺いたり嘘吐いたする仕事だよ』

 以前言われた、この言葉。

 「あった」

 どこかに逃げ道はないかと思っていた朝日は、自分が倒れていたその床に、抜け道があることに気付く。

 床を開けられるように小さな隙間というか、指を引っかける箇所があり、そこを開ければまるで床下収納のようにひらけた場所。

 なんとか身体を押し込むと、その奥にはさらに通路があり、朝日はごくりと唾を飲み込んで進んで行く。

 行く先が地獄かもしれないと思いながらも、進むしかなかった。

 「まぶし・・・」

 洞窟のような場所を通ると、その先には川が流れていた。

 それほど高くはない崖をゆっくりと下りて行き、川を下ると、人目につかないよう頭に布を軽く巻いて歩き出す。

 ふと、ニュースが流れていた。

 そこには速報として、とある場所で火事が起きていること、警察官が一人行方不明となっていることが出ていた。

 「・・・・・・」

 薄い青の髪に濃い青の目をしたその男を見たあと、靴底をいじって何かを取りだし耳に装着する。

 ざざ、と機械音が少し聞こえたあと、すぐに人の声が聞こえてくる。

 《あいつが死ぬのは構わんが、薬が手に入らなくなるのは困るぞ。まったく。あいつの経験を買って引き入れたというのに、無様な結果じゃないか》

 《とにかく、死んだかどうか確認しなきゃだね》

 「・・・・・・」

 しばらく会話を聞いていた朝日は、憑きものが落ちたような顔で空を仰いでいた。

 それから、最後に聞いたあの言葉を思い出す。

 『だから言ったろ?お前、向いてねえって』

 自嘲気味に笑いながら、1人、呟く。

 「そういうことかよ」

 そして、風に消えるように、こうも呟いた。

 「お役に立てずすみません。斎御司さん」




 「アダム、イヴ、大丈夫か?」

 けたたましい轟音の寸前、真袰たちは床下にある隠し部屋に気付いた。

 「僕は大丈夫。イヴは?」

 「私も大丈夫よ」

 急いで隠れると、真袰のリュックに入っていた防火性のあるなんだかものすごいやつがあるらしく、それで身を防いでいた。

 さらに、隠し部屋にはもう1つ扉が設置されており、真袰が知る限り、こんな部屋は設計図には載っていなかった。

 しかし、ここから外に出られるかもしれないと、アダムとイヴを後ろについてこさせながら、銃を構えて進んで行く。

 「寒くないか?2人とも」

 「うん、大丈夫」

 「ここはどこ?どこに向かっているの?」

 「わからない」

 そのうち、なぜか以前の施設よりも広くて綺麗で、それでいてセキュリティが万全そうな建物の中に出た。

 一体何の建物なのかと、真袰はアダムとイヴを一旦休ませるためにも適当な場所に座らせると、その辺に沢山おいてあるパソコンを開いてみる。

 なぜかパソコンを開くための指紋認証に、真袰のものが設定されていた。

 簡単に開いたパソコンに警戒しながらも、真袰は開いてすぐに出て来た文章を見て、ひとまず安堵する。

 「まったく。あの人は」

 「天女?どうしたの?」

 「ああ、ここは安全な場所だ。もう大丈夫だ。これからは、ここで生活するんだ」

 「え!ここで!?沢山絵を描けるね!」

 「そうだな」

 しかしここには画材がない、改めて運ばないとと思っていた真袰だったが、アダムたちがどこからか画材や本を持ってきた。

 「見てみて!沢山本があるよ!」

 「天女が持ってきてくれたのと同じのもある!」

 「これはなあに?キラキラしてるよ」

 「こっちも!天女これ!」

 「ああ。こっちはスノードーム、こっちはプラネタリウムの機械だな。ちょっと暗くしてみるか」

 「暗く?」

 「そう、ちょっと待ってて」

 そう言って真袰はパン、と手を叩いて部屋を暗くして機械をつければ、天井一面が夜空となる。

 「わあああ!!!すごいや!」

 「綺麗ね!ワクワクするわ!!」

 「・・・・・・」

 2人が喜んでいる間に、真袰は先程の文章の続きを読む。

 「・・・え」

 とある文章に驚きを隠せないでいた真袰だが、そのとき、パソコン内のテレビから、火災のニュースが入る。

 そして、真袰の写真が出てきて、死亡者としてさらっと流れた。

 それからもう一度文章の方へ目を向けると、真袰は顎に手を当てて何かを考え、そしてひとつの結論に達すると、掌で顔を覆う。

 それを見ていたアダムとイヴは、先程真袰がやっていたように手を叩いて部屋の電気をつけると、真袰の傍に寄ってくる。

 「天女、どうしたの?泣いてるの?」

 「何かあったの?悲しいの?」

 「いや、違うよ」

 ふう、と大きく息を吐いたあと、真袰はゆっくりと手を下ろして行く。

 「俺は、なんて馬鹿なんだろうね」

 「天女は馬鹿なの?」

 「馬鹿ってなに?」

 「なんだろうね?」

 「今日は休もう。ほら、2人とも部屋に行こう」

 アダムとイヴを寝かしつけた真袰は、1人、じっと何かを考えていた。

 それから、目元だけを手で覆い、小さく笑う。

 「お前だったのか」




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